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目で見ているわけではない。脳裏に映像が浮かび上がってきたのだ。若い男がこちらを見ている。
男は、だぼだぼした黒いズボンに、ファーのついた黒いダウンを着ている。そして、黒いスニーカーをまるでサンダルを履くかのように踵を潰して履いていた。
ただし、右足だけ。左足は裸足だ。
――だよね! だって、あっちに落ちてたもんね!
男と擦れ違い、踏切を渡り終えるが、速足は止めなかった。その男が後ろから追ってきているからだ。
振り返っていない。見ていない。すごくすごく振り返りたかったし、目で見てみたかったけれど、直感が告げていた。振り返ってはいけない!
「振り返るなよ」
白蛇がきつく言う。
「分かってる! でも、もうすぐうちに着くよ」
「友香んちに連れて行くわけにいかない。うちに向かって」
「夢月(むつき)んちに?」
と聞き返しながら、早く帰りたいと願っていた自宅が宇宙の果てまで遠のいていくイメージが脳裏に浮かぶ。
だけど、夢月の提案に否はない。なぜなら夢月の家は、神社境内にあるからだ。
平安の昔から、この地域には九つの神社がある。
その九つの神社すべてを同族が千年に渡って代々管理しており、夢月はまさにその一族の末裔なのである。
交番の前を速足で過ぎ、住宅街に入る。自分の家の玄関を恨めしげに見やりながらその前を通り過ぎて、しばらく行くと、住宅街のど真ん中に石造りの大きな鳥居が突如として現れた。夢月の父親が管理している神社――先詠(さきよみ)神社だ。
鳥居の先に石段がある。初めに五段。気持ちばかりの踊り場があって十段。さらに十五段。これらを上がり切ると、長い長い参道がある。
参道の周辺から神社の敷地を囲うように木々が生え、それはまるで結界のように見えた。実際、夢月の話によると、神社には結界が張り巡らされているらしい。
そうと聞いているから、本当にそう感じるのか、一の鳥居をくぐると、外と内では空気がガラリと変わる。おそらく後ろをつけてくる男は、鳥居をくぐることができないはずだ。
鳥居さえくぐり抜ければ、男は追って来られない。分かっていても、後を付けられる恐怖から脱け出せないまま石段を駆け上がった。
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