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呼吸を乱しながら石段を上がり切り、参道を駆ける。手水舎を過ぎると、二の鳥居がある。
この朱色の鳥居もなかなか大きくて立派な鳥居なのだが、よその土地からこの神社を訪れた人は皆、鳥居の先に佇む左右の狛犬を見て驚く。それが明らかに狛犬ではないからだ。
狛犬ならば、通常、唐獅子に似た獣の姿をしている。唐獅子はインドライオンをモチーフにしていて、つまり、狛犬は『イヌ』と言いつつ、ネコ科の獣の特徴であるふっくらとした丸みのある体つきをしていることが多いのだ。
ところが、この神社の狛犬は痩せている。ガリガリと言っても良いほどにほっそりとした体つきで、四肢が長く、鼻面も長い。これはネコ科の獣ではなく、イヌ科の獣の特徴である。というか、はっきり言って、犬にしか見えない。
そう夢月に言えば、夢月は『犬』ではなく『山犬』、つまり、オオカミなのだと言っていた。
実は、狛犬がオオカミを模して造られている神社は先詠神社以外にも日本各地にいくつかあって、たとえば関東では、東京都青梅市にある武蔵御嶽神社が有名だ。
武蔵御嶽神社も先詠神社も大口真神というオオカミの神様を祀っている。だから、狛犬がオオカミなのかと納得のいくところではあるのだか、ここでよその人が訝しむ点がある。この土地にある九つの神社すべてが大口真神を祀っている点だ。どんだけオオカミ信仰の厚い土地なのだと驚く。
かつてオオカミは畑を荒らす害獣を狩り、畑を守ってくれる聖獣として崇められていた。これがオオカミ信仰であり、やがて神格化され、盗難避けや魔除けの信仰の対象として大口真神が祀られるようになった。
つまり、この土地は、盗難避け・魔除けの神社が九つも密集してある土地なのである。たしかに不自然と言えば、不自然だし、異常と言えば、異常なのだと思う。よその人が首を傾げる気持ちが分かる。
二の鳥居をくぐり、石畳の参道をさらにまっすぐ行くと、楼門がある。
楼門を抜け、外玉垣に囲まれた内側に入ると正面に歴史の重みを感じる立派な拝殿がある。拝殿の左手には雅らかな神楽殿と二階建ての大きな参集殿があるが、そちらには向かわず、拝殿の前を突っ切るように右手の方に進むと、授与所と社務所がある。それらはひとつの屋根で繋がっており、こちらも大きな建物となっている。とくに社務所は冷暖房完備で、給湯室ではガスコンロで湯も沸かせ、電子レンジも冷蔵庫もあり、お手洗いもあるから、ここで暮らそうと思えば暮らせてしまう。ただし、風呂だけはない。
そんな社務所と渡り廊下で繋がっている建物がある。建物というか、それは純日本家屋で、かなりでかい。先詠神社の敷地の半分を占めているのではないだろうか。いや、それは言い過ぎだが、四分の二くらいはありそうだ。
今どき、これほど立派な日本家屋など田舎の、それも過疎化が進んでいて地価の安い農村部あたりでしか見られないだろう。大農家で、地主で、うちは本家だと威張り散らしているような家族がこんな家に住んでいるに違いない。――という勝手なイメージである。
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