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「でも、神社には入って来られませんよね?」
「そうだね。入って来られないから、階段の下で立っているね。友香ちゃんが出てくるのを待っているっぽいね」
「今日は泊まっていったら?」
美月の提案に藁にも縋る思いで頷き、
「あ、でも……」
即座に顔を曇らせると、勘の良いお姉様はけらけらと笑った。
「大丈夫。今日はお母さんいないから。お父さんと出掛けているの。ちなみに、おじいちゃんとおばあちゃんもいないわ。年末って、年末にしか出てこない妖怪がいて、いろいろ忙しいのよ。年越しの準備もあることだし。ほんと忙しい」
忙しいを強調されると、言葉通りに泊まって良いものか悩む。そんな思いまで表情に出てしまったらしく、美月は軽く片手を振って笑った。
「良いのよ、遠慮しないで。友香ちゃんは特別。友香ちゃんがいてくれると、夢月はもちろん、華月も私も、あと先詠(さきよみ)も、もうね、うきうきしてきちゃうの。お母さん、帰って来て友香ちゃんが泊まったと聞いたら、悔しがるわよ。自分も友香ちゃんと過ごしたかった、ってね」
そんなことを言われても、友香には苦笑いを浮かべるしかなかった。
――というのも、夢月のお母さんには熱烈に好かれているのは事実なのだが、夢月のお母さんと出くわすと、彼女は喜びを隠しきれない笑顔を浮かべながらぐるぐると友香の周囲を回り続け、くんくんと友香の匂いを嗅ぎ、最後にこう呟くのだ。
『美味しそう』
ひぃーーー。
思い出すだけで、命の危機を感じる。
幼稚園児の頃、初めてこの家で夢月のお母さんと遭遇した時なんぞ実際に食べられ掛けた。
美味しそうの呟きの直後、彼女の黄水晶の瞳が一段と輝き、爬虫類のそれのようにまるく形を変え、その瞳に意識を吸い寄せられているうちに、彼女の口がみるみると大きく耳まで裂け、赤い赤い口の中に鋭く尖った牙が四本見えて、ああ、死ぬんだ、と思った。
その時に死なずに済んだのは、異変に気付いた夢月が駆け付けてくれたからだ。
「お母さん! その子は私のだよ! 食べちゃダメ‼」
夢月のその言葉で金縛りから解けたように脱力して座り込んだ。で、失禁した。仕方がない。四歳児だったからだ。いや、四歳でも十四歳でも違いはない。本当に喰われると思って恐怖したのだから。
それ以来、夢月のお母さんには可能な限り会いたくないのだ。
――美人なお母さんなんだけどね。
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