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薫は、頭を抱えた。
こんなことは、もちろん初めてだった。
行きずりどころか、薫は英司以外の男と関係を持ったことはない。
「………」
──いや。そのつもりで店に行ったんじゃないか。誰でもいいから、抱かれるつもりだった。それが現実になった途端にダメージを受けるなんて、どうかしている。
「……帰ろう」
落ち込むのは家に帰ってからだ。こんなところにいても、仕方がない。
ベッドサイドの時計を見ると、もう11時を回っていた。薫は重い体にむち打って、ベッドから降りた。
クローゼットを開けて中を見るが、服はなかった。そんなに広くはない部屋のあちこちを探してみるが、ない。トイレやバスルームも見たが、なかった。
次第に怒りが込み上げる。
一体、何の嫌がらせだ。
「ふざけんなよ」
仕方なくバスローブを羽織って、サイドテーブルのメモを掴んだ。鞄から、スマートフォンを取り出す。
会社を出た時に切ったままの電源を入れると、途端にブルブルと振動してメッセージの着信を知らせた。英司からだ。
『帰ったら連絡する。いい子で待ってるように』
送られた時刻的に、飛行機に乗る前だろう。喉が、ぎゅっと締まる気がした。
『もう終わりにする。元気で』
それだけ返信すると、薫は英司をブロックした。
メモを見ながら、櫻井に電話をかける。スリーコールで、相手は出た。
『はい、櫻井』
「もしもし」
『あ、本城君? やっと起きたの?』
「服は?」
『え?』
「俺の服。ないんだけど」
『第一声が、それ?』
「帰れないんだけど」
『うん。クリーニングに出したからね。お昼には戻るから、そこで待ってなさい』
「は?」
『本城君、まだ寝ぼけてるの? 酷い声だよ。シャワーでも浴びて、すっきりしなさい。じゃ、あとで』
「え? あ、待てよ!」
一方的に、電話は切れた。
「何だってんだよ!」
かけ直す気にもなれず、スマートフォンをベッドに投げた。持っていたメモを握りつぶして、ゴミ箱に投げる。
「………」
しばらく立ち竦んだ薫は、頭をがしがしと掻いて、バスルームへ向かった。
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