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シャワーを浴びると、少し頭がすっきりした。
冷蔵庫からスポーツドリンクを出して、ごくごくと飲む。
しばらくして、部屋のインターホンが鳴った。
ドアを開けると、30代半ばくらいの、紺色のスリーピースを身につけた男性が立っていた。クリーニングの袋に入った薫の服を提げているから、櫻井だろう。
そういえば昨日、カウンターの端で1人で飲んでいるのを見た気がする。
背丈は薫と同じくらいだから、180近い長身だ。すっきり整った目鼻立ちで薄く笑みを浮かべているその顔は、それなりの男前に見えた。
「はい、君の服」
櫻井はクリーニングの袋を薫に押し付けると、部屋に入って閉まったままのカーテンを開けた。
「勝手に、クリーニングなんて」
「雨でどろどろだったんだよ? 感謝してくれてもいい筈だけど」
「……下着も?」
渡されたクリーニングの袋には、靴下や下着まである。こんなものまでクリーニングに出さなくても、よさそうなものだ。
「下着も、どろどろだったよ? 覚えてないの、昨夜のこと」
「っ、……」
櫻井が目を細めて、薫を舐めるように見た。
「冷たいねぇ、昨夜はあんなに盛り上がったのに。ほんとに覚えてないの? ──薫」
「っ、」
櫻井に一歩詰められて、薫は思わず後退る。櫻井の口端が可笑しそうに持ち上がった。
「逃げなくても何もしないから、着替えなさい。それともいつまでもそんな姿で、誘ってるのか?」
「そんな訳っ、」
「ああ、そうだ。先にこれ、飲んでおくといい。二日酔いの薬だから」
櫻井はポケットから、白い錠剤の入った薬のシートを取り出した。その手を見て、薫は固まった。
「……あんた、結婚してるのか」
櫻井の左手の薬指には、シルバーのリングがはまっていた。
「うん? ああ、してるよ」
「結婚してるのに……俺を抱いたのか」
「え? いや、最後の一線は超えてないんだけど?」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ。君、すぐに寝ちゃったし」
「嘘だ、だって……」
体に、違和感が残っている。
察したらしい櫻井が、にやにやと笑った。
「ああ。派手にイってたもんねぇ、君。セックスと間違えた? 上手かっただろ、俺」
櫻井は自身の右手の平を上にして、中指と薬指を揃えて、くいくい、といやらしく曲げて見せた。
「っ!」
途端に、カッと頭に血が上る。
「最低だな! あんた!」
薫はクリーニングの袋を抱きしめて、バスルームに駆け込んで鍵を閉めた。
「ははっ、ゆっくり着替えていいよ、お嬢さん」
ドアの向こうから、櫻井の笑い声が聞こえる。
「くそっ、最悪だ……」
薫はクリーニングの袋を横に置いて、洗面台で顔をバシャバシャと洗った。
最後の一線を越えていないのが本当だとしても、自分と一夜を共にしたのは事実だ。セックスまがいなことも、した。既婚者なのに。
「………」
櫻井もバイなのか。最低だ。既婚者が、そんなことをしていい筈がないのだ。──英司も、最低だ。これから結婚する人間が、どうして男と付き合えると思うんだ。
「……どいつもこいつも」
薫は乱暴にクリーニングの袋を裂いて服を取り出し、着替え始めた。
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