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 雨の上がった空は、それでも厚い雲に覆われていた。たまに顔を出す太陽は、すぐにその姿を隠す。 「だから、先に薬を飲んでおけば良かったのに。ま、じきに効いてくるよ」 「………」  櫻井が運転する車の助手席で、薫は気持ち悪さに顔色を無くしていた。 「そんな顔しないでよ、俺の運転が荒いみたいじゃない。俺、運転も上手いよ?」 「………」  薫は今、何故か櫻井の車に同乗している。 「すぐに着くから」  あれから、ホテルのバスルームで着替えた薫が帰ろうとすると、にっこり笑った櫻井に腕を掴まれた。 『どこ行くの? 雑用。手伝ってくれる約束だろう』  驚いて何のことか聞くと、昨夜、今日1日雑用に付き合うと約束したらしい。 『仕事も辞めて、暇なんだろう。え? 昨日、自分で言ってたじゃないか』  そして何故だか、自分の事情を細かく知っている。 『ランチは? いらない? 良かった。あまり時間がないんだ』  そして、今に至る。 「ちょっと人に会うけど、本城君は何も喋らなくていいからね。ただ、じっと座って隣にいてくれれば、それでいいから」  薫は、黙って頷いた。頼まれたところで、今は喋れそうにない。 「そうそう、そんな感じ。いいねぇ、弱々しそうで」  車は30分程走ったところで、あるホテルの駐車場へと滑って行き、静かに停車した。 「……着いた?」 「あ、ちょっと待って」  シートベルトを外してドアに手をかけた薫に、櫻井が待ったをかける。  後部座席の鞄を取ると、中をごそごそと漁って、手の平に収まる小さなボトルを取り出した。キュッと蓋を外すと、薫に向き直り、いきなりスラックスのベルトに手をかけた。 「おい、何す、あっ」  手早く緩めたウェストから、強引に手を突っ込まれる。 「ちょっ、やめろ!」  引き抜こうとする薫の手を気にもせず、ボトルをもったままの手はごそごそと下着の上を動き回り、シュッと何かを吹きかけられた。 「あ! なにっ」  するりと手を引き抜かれる。抜きざまに、薫自身を撫でることも忘れない。 「何したんだよ!」 「心配しなくても、ただの香水だよ」 「は?」  櫻井がボトルを小さく振って見せるのを横目に、薫はそそくさとベルトを締め直す。撫でられた箇所が、記憶にはない昨夜の名残を思い出したのか、じわりと兆しかけていた。  紛らわすように服を叩くと、自身の下半身からバニラを含んだようなシトラス系の香りが、ふんわりと漂った。 「本城君、酒臭いんだよ。これから人と会うのに」 「香水なら、何でこんなとこに」 「露骨に匂わない方がいいんだよ。何、期待した? それ、おさめといてね? 女性と会うんだから」 「っ、」 「若いね」  薫が睨みつけると、櫻井がくくっと笑いながら、車を降りた。
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