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その女性は、ホテルのティーラウンジの、庭に面したテーブル席に楚々として腰かけていた。
ストレートの長い黒髪で、白っぽいワンピースを着ている。20歳過ぎくらいだろうか、いいところのお嬢様に見える彼女は今時珍しい程、擦れていない雰囲気だった。
櫻井は真っ直ぐ彼女の所に向かい、声をかける。
「すみません、小早川、小夜子さんでしょうか?」
「……はい」
小さく返事をして櫻井を振り向いた小夜子は、隣にいる薫を見て無表情だった顔を途端に歪ませた。それでいて、薫を凝視している。
「失礼します」
櫻井は構わず小夜子の向かい側に腰を下ろすと、手振りで薫にも座るよう促した。居心地悪く、軽く会釈しながら櫻井の横に腰を下ろすと、小夜子はそっと薫から目を逸らした。
「お待たせして、すみません。柏木弁護士事務所、弁護士の櫻井周悟です」
内ポケットから名刺入れを取り出し、櫻井が小夜子に名刺を差し出す。小夜子の白く細い手が、それを遠慮がちに受け取った。
──弁護士だったのか。
小夜子がテーブルに置いた名刺に目をやると、確かに弁護士の文字が見えた。
櫻井は注文を取りに来たウェイターにコーヒーを2つ注文し、小夜子の手つかずの紅茶を見て、淹れ直してくれるよう頼む。ウェイターが紅茶を下げると、しばらく沈黙が流れた。
「……それで、そちらの方が」
沈黙を破ったのは、小夜子だった。
「ええ、彼です」
「? ……」
薫は状況が分からず、隣をちらりと見る。櫻井は、黙って頷いた。
「……信じられないのですが」
「お気持ちは分かります。でも彼が、啓太さんの心に決めた、想い人です」
「!」
薫は驚いて、バッと横を見た。
「いいんだよ。啓太さんからは了承を得ている。大丈夫だから」
櫻井が、宥めるように薫に言った。
「……あの、お顔の色が、優れないようですが……」
薫に視線を戻した小夜子の指摘に、櫻井は頷いた。
「あなたに、こんなこと言える立場じゃないのですが。彼も、ずっと苦しんでいるんです」
「………」
「啓太さんはお立場がありますから、彼のことは、誰にも祝福されない。彼も、そのことは重々承知しているんですよ。何度も別れようと、忘れようとした……そうだね? 彼も、ずっと苦しんできたし、今も苦しんでる。……今回、小夜子さんのことも、本当に心を痛めているんです」
薫は、二日酔いの気持ち悪さも吹っ飛んで、固まった。
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