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「………」
──何だ、これは。どういう状況だ?
どうやらカップルの喧嘩……というか、別れ話? に利用されているらしいことだけは分かる。全く、何も聞かされていないが。
「……でも。心に決めた人がいるのなら、どうして、私と……」
小夜子のもっともな質問に、櫻井は小さく頷いた。
「彼は一度、啓太さんの前から姿を消した時期があった。啓太さんのご両親が彼の存在を知って、彼に酷いことを……啓太さんも、そんな思いをさせるくらいならと、一度は忘れようとしたんだそうです。そんな時に、小夜子さんと出会ってしまった」
「………」
「啓太さんは、貴女に救われたと言っていましたよ。辛い時期を、貴女がいたから乗り越えられた、と」
「……そんなに悩んでいるようには、見えませんでしたが……」
「ええ。啓太さんは弱さを見せない人ですから。それは小夜子さんが一番ご存知なんじゃないですか?」
「……それは」
小夜子が、言葉に詰まって俯く。
「誤解しないでください。啓太さんは、もちろん貴女を愛しています。でも……それ以上に、彼を愛していたんです。そのことに気付いてしまった。啓太さんは、ご両親に彼のことを認めてもらえるまで、もう諦めることはしないと言っていました。そう決心できたのも、小夜子さんのお陰だと」
小夜子はテーブルの上で白いハンカチをぎゅっと握りしめ、薫を睨んだ。
「……あなたはどうなんですか。一度は、逃げたんですよね? 私なら逃げません。何があっても」
「っ、」
薫は思わず櫻井を見た。
小さく頷き返され、小夜子に向き直る。向き直るものの、どうしたらいいのか分からない。
「……ええと、あの……」
言い淀む薫に、小夜子は少し大きな声を出す。
「啓太さんは、本当に、あなたを選んだんですか? そんなこと、信じられないっ」
「あ、」
声を荒げることなど普段なさそうな小夜子が、自分の出した声に動揺したのか、持っていたハンカチを床に落としてしまった。
唇を噛んで拾おうともしない彼女の代わりに、薫は立ち上がり、屈んでそのハンカチを拾う。
ハンカチを見ようともしない小夜子に、仕方なく、さっと払って彼女の前にそっと置いた。
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