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 一瞬、彼女に近付いた。 「え……」  テーブルにハンカチを置いたその瞬間、小夜子は信じられないような顔をして、薫を見た。  薫は居心地悪そうに小さく会釈して、そそくさと席に戻る。 「嘘……その、香水……」  小夜子の顔がみるみる歪み、瞳から涙が溢れ出す。櫻井が、畳みかけた。 「──小夜子さん、貴方はまだまだ若いし十分に素敵な女性だ。この先もっといい人に、必ず出会えます。……啓太さんからの伝言です。自分のことは忘れて、どうか幸せになって欲しい、心から感謝している、と」 「ううっ……うっ」  小夜子はとうとう、顔を覆って泣き出した。  彼女の嗚咽がおさまるのを待って、櫻井が内ポケットから1枚の紙切れを出した。 「──どうか、お納めください」  その紙片を小夜子の前に滑らせ、頭を下げる。  ──小切手だ。結構な金額が書かれてある。  小夜子はちらりと目をやると、すっと手で押し戻し、キッと顔を上げた。 「結構です」 「……しかし」 「結構ですわ。そのようなものを受け取るほど、浅ましくはありません」  きっぱりと言い切った小夜子は、涙を拭い、顔を上げた。 「お話は分かりました。身を引かせていただきます。今後、啓太さんに関わりません」  櫻井が小切手を内ポケットにしまうと、小夜子が薫に顔を向けた。 「啓太さんを、どうか、よろしくお願いします」  そう言って頭を下げる小夜子に、薫も小さく頭を下げる。その横で、櫻井も頭を下げた。 「本日はお時間をいただき、ありがとうございました」  櫻井の言葉に、小夜子がテーブルの上に置いていた名刺をバッグにしまい、立ち上がる。  もう、その顔は泣いていなかった。 「失礼します」  座ったままの薫と櫻井を上から見下ろすように告げると、凛として立ち去る。  頭を上げて姿勢良く歩く後ろ姿は、それでいて辛さを堪えているようにも見えて、薫は痛々しく思った。
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