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君島英司は、最高の上司だった。
薫が大学を出て就職した広告代理店は、当時上場したばかりの勢いのある会社だった。社員同士の競争意識が高い分やりがいがあり、負けず嫌いな薫には性に合う職場だった。
入社して配属された先にいた君島英司は、3つ年上の頼れる先輩だった。後輩社員の面倒見も良く仕事もそつなくこなす彼は、上司からの信頼はもちろん部下からも慕われる存在だった。
「……ベーコン、美味しいね、さつまいもと、合うと思う。チーズ、も」
「真面目かよ。ほら、お茶」
喉をひくつかせながら感想を言う薫に、苦笑したマスターがお茶を出した。
「……全く、英司は何やってんだか」
1年かけて、口説き落とされた。
薫はノーマルだったのだ。
『次のプレゼンが通ったら、ご褒美に付き合って』
無邪気に笑う英司に薫がとうとう頷くと、傍目にも可笑しいくらいの張り切りようだった。
英司がプロジェクトリーダーに就任するのと同時に、交際がスタートした。その頃には、もう好きになっていた。
「マスター、知ってたんだよね」
「あ……いや」
「嘘だ」
この店は、英司に連れて来られた。英司の馴染みの、いわゆる、ゲイの人たちが集まる店だ。薫は他にこういう店を知らないから、今日もここに来た。
英司に会う心配はない。
何故なら、彼は──
「新婚旅行が今日からとは、聞いてなかったよ」
君島英司は、本当に最低な男だ。
1週間前、いつものように食事を共にし、薫の部屋で抱き合った。いつにも増して激しく薫の中を貫き、その奥に熱い精を吐き出すと、何でもないことのように言った。
『ああ、来月結婚するんだ。先に新婚旅行に行くから、土産買って来てやるよ』
何を言っているのか分からなかった。
呆然とする薫を、英司はまた抱いた。
『心配するな、何も変わらないよ。薫とは、これまで通りだ』
何を言っているのか、分からなかった。
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