飛んで火に入る熱帯夜の俺

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 ――なんだよ、それ。火をつけといて、そりゃないぜ。  透は、すがるような目を吉見に向ける。 「俺もやられました。暑さと、吉見さんに。責任とってください」  吉見が目をしばたたいて、ため息をついた。 「笠原は誘惑するのが上手だね」 「なんすかそれ。最初に誘ってきたのは吉見さんでしょ」  たっぷりとした沈黙のあと、吉見が呟いた。 「初めて見た時から好きだった。笠原の恋愛対象が男だったらいいのにってずっと思ってた」  水たまりに水滴が落ちた時のように、その言葉は透の心に広がっていった。好き。四年間付き合った男は一度も言ってくれなかった言葉。じわりじわりと、透を満たしていく。 「今すごく暑くて、思考がおかしくなってるかもしれないけど、笠原を思う気持ちは勘違いじゃないって、胸を張って言えるよ。クーラーがきいた会社でも、いつも姿を見るたび、ドキドキしてたから。さっき会社で笠原を見た瞬間、神様がチャンスをくれたんだと思った。弱虫な僕の背中を押してくれたんだって」  ロマンチストかよ、と思った。少なくとも、二十代の男が男に向けて言うセリフではない。それなのに――。 「馬鹿なんですか」  口から出た言葉とは裏腹に、胸がきゅうっと締めつけられた。
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