飛んで火に入る熱帯夜の俺

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 考え事をしているうちにビールが透と吉見の間に置かれた。透が動くより先に、吉見が瓶を手にして、二つのグラスに中身を注いでいる。 「飲むんですか?」 「飲めるでしょ、花金だもの」 「花金ってオジサンしか言わないと思ってました」 「なにそれ。私がオジサンだったら、笠原もオジサンだよ?」  吉見がころころ、と笑う。グラスを一つ差し出してくるので、透は「ありがとうございます」とそれを受け取った。 「奥さん、いいんですか。怒りませんか?」  尋ねながら、グラスを持つ吉見の左手を見て気づいた。はめていた跡はついているが、肝心の指輪がない。さっき会社にいた時はしてたはずなのに。どうして? 外した? 「奥さん? だれの?」  吉見が首を傾げる。 「俺は未婚なんだから、吉見さんのに決まってるでしょう」 「私も未婚だよ」 「いつも、指輪してるじゃないですか」 「あれはフェイク。上司から『既婚の営業マンじゃないと信用できない』というお客様がいらっしゃるから、した方がいいって教えられて」 「なんだ」  吉見の言葉を聞き、透の筋肉が弛緩する。  ――なんで力が抜けるんだ? 俺、吉見さんに片想いしてるみたいじゃないか。恋人を失ったばかりなのに。男なら誰でもいいのか。浅ましい。 「それに、僕は一生結婚とは無縁だと思うから」  寂しそうに笑う。一人称が「僕」と崩れたのには気づいていない様子で、ビールのグラスを合わせてきた。 「一週間お疲れ様。乾杯」  透は「乾杯」と応じることしかできなかった。
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