飛んで火に入る熱帯夜の俺

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「できるでしょ? 上司命令だよ。ほら」  かろうじて残っていた透の理性が、言葉を紡いだ。 「ここじゃ、いやです」 「分かった。じゃあ、笠原の家に行く」  吉見が即答した。 「は?」 「今日はちょうど金曜日だし、行ってもいいよ」 「なにが『ちょうど』なんですか!」 「じゃあうちに来る?」 「場所の問題ではありませんっ! 吉見さんとはキスしません」  テーブルを叩くと、大きな音が店内に響き渡った。吉見が肩をすくめる。 「なあんだ、残念。すみません、この人にお水ください」  後半は店員に向けて言った。  ――くそ、酔っても爽やかなのかよ。むかつくな。  理不尽な怒りが込み上げてきて、透の口からふてくされたような声が漏れた。 「なんでですか」 「なにが?」 「なんで俺に構うんですか」 「好みだから」  吉見のくしゃりとした笑顔を見て、心臓がどくんと脈打った。アルコールのせいだと思いたいのに、その瞳にも酔いそうになる。 「って言ったらどうする?」  いたずらっ子のような目が、透に向けられた。 「……からかわないでください」 「本気かもよ」 「なんだよそれ」 「笠原は彼氏にフラれ、僕はフリー。なにも問題なくない?」  ぐるぐる。好みだから。フラれた。フリー。ぐらぐら。問題ない。  水を喉に流し込み、透はようやく吉見から顔を背けた。
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