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明日から学校だなぁと部屋のカレンダーを見ていると携帯が鳴った。
ー光希だ
一呼吸おいてから手に取る。
「お疲れ様、真司君。今大丈夫」
「あぁ、急にどうしたの」
驚いたのと恥ずかしさと申し訳なさから不愛想なトーンになってしまった。
「ううん。明日から私学校行けないじゃん」
「まぁ、そうだね」
そっちも頑張れよと言うチャンスが思いがけず来た、そう思った。
「だから私ね。今、学校に来てるんだ」
「は?」
「真司君も来てよ。気持ちいいよ」
「何が?」
「先生に許可とってるからさ。プール」
◇
もうすぐ夜だというのに外は蒸し暑くて、でも陽の落ちる時間が早くなったことを実感した。何度も彼女と帰った道を一人で歩いて学校に向かう。休みの日の学校なんて、まぁ来たことがなくて、部活動に熱心な後輩たちとすれ違う。
体育館の裏。プールに向かう。陽も落ちかけて、ナイター設備のないプールはうす暗くて深い青にしか見えなかった。
「真司君」声を掛けられる。休日なのに制服姿の光希がいた。足だけプールにつけて手を振っている。
「どうしたんだよ、急に」
「ううん。なんとなくだよ」
「そっか」
僕は光希の横で胡坐を組んだ。プールには足をつけずに。静かな風の音と光希がちゃぷちゃぷと水を揺らす音が響いていた。
「「あのさ」」二人同時に切り出してしまう。
「あ、ごめん」
「私こそごめん。先いいかな? 転校すること言ってなくてごめん」
僕の方を向いて頭を下げた。その様子に僕も慌てて頭を下げる。
「ごめん俺もびっくりして、普通に応援とかできなかった。そっちの世界でもがんばれよって」
「ありがとう……」それから「私たちの世界はね、違うとは言え今の人間に近しい存在だし、一定のタイミングまでは一緒に過ごすの」と言った。頷きながら続きを促す。
「でね。真司君にはいつか言わなきゃなーとは思ってたんだけれどさ。なんだか切り出せなかったんだ。仲良くしてくれたし、ずっとそうだと思ってたら申し訳ないなって」
「え?」そうじゃないのか。
「あぁ、もう基本的にコミュニティが変わってしまうし、たとえば海の中で暮らす訓練とかをするの。だから、会うことはないかも」
「そう......なんだ」それこそ前日によく言うなぁと思った。どんな訓練だよ……そもそも携帯とか持っていけるのか?
色んな疑問が浮かんでは消える。けれど、聞けないままよりはずっといい。
「だからさ、泳ごうよ」
「え?」
「もし私のが落ち着いて、真司君の受験とかも落ち着いたずっと先ならさ。また遊べるかもしれないじゃん?そしたらちょっと申し訳ないけど、海の方まで来てって私から言うかもしれない。でも真司君、あの日以来、泳げないんでしょ? だから見ておこうかなと思って」
なんだろう。少しニヤニヤしながら彼女が言ってるように見えた。
「言ったな? 僕は泳げないわけじゃないんだ。顔をつけられないだけだぞ」
「じゃあ見せてよ」
……え?今?って聞こうとすると、光希は制服のままプールに飛び込んだ。
「ほら、早く」
光希が手招きをする。やれやれ。僕も着たままプールに飛び込む。思ってたより数段冷たくて声が出そうになる。やはり夏が終わるんだなぁと感じた。
顔を水につけて泳ぎ始める。授業のことや人魚姫の雑談のこと、そもそも彼女におぼれかけてたのを助けてもらったこと、その色んな思い出が頭をよぎる。きちんと息継ぎをする。まさかこんなことになるとは思わなかったけれど、練習しておいてよかった。
慣れないから苦しさもあったけれど、僕は50mを泳ぎ切った。
肩で息をしながら光希を見やる。けれど、泳ぎ始めた時に待っていた場所にいなかった。すると隣のレーンから彼女が顔を見せた。
「ずっと見てたよ。もう私の支えはいらないね」
濡れた制服姿の彼女にちょっとだけドキリとしながらも、僕は答える。
「いつの話だよ。もう大人だぞ、俺たち」
「そうかもしれないね」と光希は言った。すると、「えい」と手元の水をすくってかけてきた。そのまま僕の顔にかかる。
「うわ、何すんだよ」
「私も普通の男の子とか女の子みたいにこういうのしてみたい人生だったの!」とまたかけてきた。
「やったな!」僕もやり返す。どこか光希は楽しそうだ。
「モテても意味ないんだよ!」
「そっちの世界でモテればいいだろ!」
「意味ないよ!私は女子高生の間にもっともっともっとモテたかった......
◇
一通りのやり取りを終えて、プールから上がる。光希はなぜかタオルまで用意していたので、借りて顔を拭く。服の濡れはまでとれなかった。
「夜の学校に忍び込むってなんかスリリングじゃない?」
「電話で言ってた気持ちいいってそこかよ。でも許可とったって言ってたじゃん」
髪までびしょ濡れになった光希は満面の笑みで、
「あれ、嘘」と言ってのけた。
!!!!
びっくりして何も言えない。
「最後に真司君ともう1個秘密作りたかったんだもん。バレたら怒られといて」
「おいおい、もっとマシなので頼むよ」と僕は言った。
確かにこれは絶対に忘れられないな。ある意味彼女が人魚だって秘密なんかよりも、ずっと、ずっと忘れられない記憶になりそうだ。この蒸し暑さも、プールの青さも。
胸のしこりのすべてが取れた。
笑い声がプールサイドで響いていた。
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