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5円玉
またまたまた後日。私はダイエットと育毛の両方に効果があると噂されるすごい食材、ワカメについて考えていました。
その時案の定、ポチャンという音がして私の心臓はビクリと跳ね上がります。こんなかわいい音で嫌な気持ちになってしまうのは、全てここ最近の落とし物と勘違いのせいでしょう。
なんだかとても悲しいです。
私は仕方なく落ちてきたモノ……5円玉を拾い上げ、水面に向かいます。
「あなたが落としたのはこの金の5円玉ですか? それともこの銀の5円玉ですか?」
金や銀の5円玉はもはや5円玉と言って良いのか? もっと価値あるモノなのではないのか? そんなことを考えつつあたりを見渡すと、セーラー服を着た三つ編みの少女が泉に向けて手を合わせておりました。
ハァ……間違いなくアレですね。さて、今回は一体どんな勘違いなのでしょう。
「小野くんと付き合えますように!」
「……あの、何をしてるんですか?」
「え? 見ての通り、小野くんと付き合えるようにお願いしてますけど」
「……なんで?」
「え? だってこの泉にモノを投げ入れると、小野くんと付き合えるんですよね?」
オノ違いぃぃぃ!!!
いやいや、さすがにそれはないでしょう! もう原型ほとんど残ってないじゃないですか! 木こりの村の住人、いくらなんでも伝言ゲーム下手すぎません!?
「ごめんなさい、小野くんとか言われても知らないですよ私」
「へ? ……あぁ、小野くんっていうのは私の同級生の小野千夏ちゃんの弟の小野義治くんのことです!」
「いやあの、どの小野くんか分からないとかそういう話じゃなくてね? ここ神社じゃないから、そんなお願いされても……」
「えっ、私小野くんと付き合えないんですか?」
「や、それはあなたの努力次第ですけども」
「じゃあせめてアドバイスください! お姉さんめちゃくちゃ美人だし、きっと恋愛経験も豊富ですよね?」
まさかの展開。キラキラと期待に満ちた少女の瞳が、私の胸をグサグサと突き刺します。なぜなら私は……。
「残念ながら、私一度も恋愛経験がないの。お役に立てなくてごめんなさい」
「えぇー!! ウソでしょ!? こんなに美人なのになんで!? やっぱり何か重大な欠陥が!?」
やっぱりとはなんだ、と引っかかりつつも答えます。
「だって私、この泉の女神なんですもの。泉を守護する仕事上ずっとこの場所に居るから、そもそも出会い自体が無いのですよ」
私が己に課された宿命を少女に伝えると、彼女は何かを悟ったようにハッと口を開き、そして憐れむような視線を私に向けました。
「そっか。自分で自分のことを『女神』とか言っちゃう痛い女だから、こんなに美人でも彼氏ができないんですね。可哀想……」
違いますが、私はあえて何も言い返しませんでした。話が広がるだけ傷口も広がりそうな気がするので。
そんなことより、このある意味最高に正直な少女に対し、自らの責務を果たさねばなりません。
「……あなたは正直者ですね。そんなあなたには元の5円玉に加え、この金の5円玉と銀の5円玉を差し上げましょう」
「あ、いいですそれお賽銭なんで。どうぞお納めください。そんなので慰めになるかわからないですけど」
悩みなんて何一つ解決していないはずなのに、そう言って微笑んだ彼女は心なしか先ほどより元気になっているように見えました。
一方私の心にはポッカリと穴が空いてしまったようです。それはさながら、5円玉の中心の穴のように……。
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