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プレゼン資料
また後日。私は水底のテレビで「お受験戦隊ベンキョウジャー」を観ながら、日本の受動的かつ暗記重視な教育制度について思いを馳せていました。
その時、水面に微かに広がる波紋。何か非常に軽いモノが、音もなく落とされたようです。私は早速現場に急行しました。
水面には数枚の紙の束が浮かんでいました。所狭しと描かれた文字やグラフ。おそらく会議かプレゼンで使う資料でしょうか。
「あなたが落としたのはこの金の資料ですか? それともこの銀の資料ですか?」
泉のほとりにはスーツ姿の気弱そうな男性が立っていました。男性は眼鏡をクイと持ち上げ言います。
「とりあえず、予備も入れて10部ほどコピーお願いします」
「え?」
……はい、また勘違い確定です。しかしどういった間違え方をしたらこんなことになるのでしょう? 私には皆目見当もつきません。
「まずお聞きしたいんですが、なぜここで資料のコピーをしようと?」
「これから得意先で大事なプレゼンがあるんですが、よく見たら資料の部数が足りなくて、」
「はい」
「近くのコンビニでコピーしようと思ったんですが、なかなか見当たらないんですよ」
「はい」
「で、現地の方に『このあたりにコピー機のあるコンビニないですか?』と尋ねたところ、」
「はい」
「『コンビニは無いですけど、そこにある泉でコピーならできますよ』と」
「はい……はい?」
「木こりが斧を落としたら、三つにコピーしてもらえたんですよね?」
ああ……そういう間違え方でしたか。まぁ理解はできますが、なんだか徐々に間違え方がアクロバティックになってきている気がします。
「大変申し訳ないんですが、うちの泉はコピー機じゃないんでそういうのはできないんです」
「……え? コピーできないんですか?」
「そうですね。一応金と銀の資料を併せて3部にはなりますけど、要りますか?」
「え、ええ。一応。…………あの、資料全部ヨレヨレなんですけど。文字が滲んで見えないんですけど」
「そりゃまあ、水に浸けちゃいましたからね」
「えっ、あっ、ここってそういう現実的な感じなんですか?」
「そうですね」
「あの……実は最近仕事で失敗続きで、今日のプレゼン、クビがかかってるんですよ」
「そうなんですか」
「僕、クビですかね?」
「お話を聞いた限りでは、そうでしょうね」
努めて冷静に切り返すことに徹しました。そうしなければ、罪悪感で私の心の方が潰れてしまいそうでしたから。
「あー……そっかぁ。クビかぁ」
「心中お察しします」
「じゃああの、こちらで転職用の履歴書は売ってます?」
「コンビニじゃないので売ってないですね」
「そうですかぁ。あー、そうかぁ」
私は悪くない……私は悪くない……心内で唱えているうちに、男性は踵を返して歩き始めます。
が、急にこちらを振り返り、おずおずと言いました。
「もし次の職が見つからなかったら、こちらで雇って頂くことってできませんかね?」
「いやだから、うちはコンビニじゃないんですって」
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