文代

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文代

 またまた後日。そういえば私も最近失敗続きだし、そろそろ泉守護の任をクビになったらどうしよう。なんて想像しながら緊張感でお腹を緩くしておりました。  すると泉のほとりから、突然男女の怒声が聞こえます。  驚きのあまり、危うく私のベン・ブラウンが漏れ…………いえ、なんでもありません。 「なぁ、お前も木こりのおっさんの噂聞いただろ? 俺のためだと思ってやってくれよ」 「嫌よ! もし噂がウソだったら、危ないじゃない!」 「頼むよ文代! このとおり! これからお小遣い半分でいいし、家事ももっとやるから! な?」 「そんなに今の私が嫌なの!? それなら私だって不満はあるんだから、やるなら哲夫さんからやってよ!」  水面近くからそっと伺うと、夫婦のような男女が激しく言い争いをしていました。  旦那と思しき哲夫という男性は、見た目年齢のわりに頭髪が寂しい風貌です。  かたや奥さん・文代の方は顔立ちや肌のハリは幼い雰囲気で可愛らしいですが、関取風の体型のインパクトがそれらの良い印象を全て土俵際に追いやっています。  哲夫が痺れを切らして叫びました。 「あぁもう、ごちゃごちゃうるさい! いいからさっさと行ってこい!」  そう言うと文代とがっぷり四つで組み合い、そのまま泉へと文代を寄り切りました。哲夫、すごいです。  大きな水飛沫を上げて泉に落ちる文代。  これも一応落とし物なのでしょうか? 溺れないよう必死に水面にのこったのこったする文代を見ながら私は考えました。  まぁ、決まりなのでやるほかありません。 「あなたが落としたのは金の文代ですか? それとも銀の文代ですか?」  無論本当に金や銀でできた文代などありませんので、ここは一つ、金星を上げそうな程強い文代と銀星ぐらいなら上げられそうな文代で代用しましょう。関取らしく。  哲夫が食い気味に口を開きます。 「いえ、普通の文代です」  彼は真実を答えました。落とし物自体はアレですが、久しぶりにちゃんと仕事ができそうです。私は嬉々として瀕死の文代の元に向かい、抱え上げにかかります。 「あなたは正直者ですね。では、この普通の文代……うわ、重っ! ……に加えて……金の、文代と……ふぅ、ふぅ……銀の文代、を……」  四苦八苦しながら文代を岸へと運びます。その時、私の言葉を遮るように哲夫が再び口を開きました。 「8頭身で股下90センチ、スリーサイズは上から99.9センチ、55.5センチ、88.8センチの普通の文代でお願いします」  ……はて? 彼が落としたのは峰不◯子か何かだったかしら?  私は目の前の文代を指し示しながら尋ねます。 「あなたが落としたのはこの、スリーサイズは上から全て129.3センチの、ドラ◯もん体型の文代ですよね?」 「ええ。なので思い切ってギュッと絞っちゃってください。ギュッと」  私は察しました。あぁ、これはまたお決まりのパターンだなと。 「もしかして、木こりの噂をお聞きになったのですか?」 「ええ、そうです」 「それは一体どんな噂でしたか?」 「木こりのおっさんがこの泉に斧を落としたら、なんかこう、良い感じになって戻ってきたって」 「雑ぅ!」  私は思わず叫びました。  今までの噂はまだ理解できましたが、今回はちょっと酷くないですか? フワッフワし過ぎじゃないですか? 「というわけで、文代をなんか良い感じにしてやってください。できればさっき言ったとおり峰◯二子っぽい感じだと最高ですね」 「いや体型変えるのは無理ですよ。うちはジムとかじゃないんで」 「えっ、無理なんですか!?」  哲夫が驚愕の声を上げましたが、今回はそんなに罪悪感は湧きませんでした。 「無理です。なので早くこのドラえ……文代を連れてお引き取りください。倫理的にアレなので金と銀の文代も無しです」 「そんなぁ」  哲夫はガックリと膝から崩れ落ちました。そんな彼の元にずぶ濡れの文代がノシノシと歩み寄ります。そして、ゆっくり手を差し伸べました。 「……済まなかったな、文代。風邪を引かないようすぐに帰ろう」 「ええ。でもその前に…………次はアンタが行ってきな!」 「え!? うわぁぁぁっ!」  哲夫が文代の手を取った瞬間、文代は流れるような動作で哲夫を背負い投げし、泉に投げ入れました。  どうやら彼女は関取ではなく柔道家だったようです。  ……というか、またアレやらなきゃダメですか?  そうですよね。決まりですもんね。はいはい。 「あなたが落としたのは金の哲夫ですか? それとも銀の哲夫ですか?」 「普通の哲夫です」 「あなたは正直者ですね。ではこの普通の哲夫に加えて、金の哲夫と銀の哲夫を……」 「サラサラロングヘアーの、普通の哲夫でお願いします」 「だから! うちは植毛クリニックでもありませんっ!」
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