門倉聡介

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門倉聡介

最後に「ここが俺の部屋」と、見せてくれた部屋には 大きなベットが有り、ベットの下の部分だけが板張りの床で 後は、畳が敷かれていて、布団を掛けて無い、堀炬燵が置かれていた。 その炬燵と、ぎっしり本が並んでいる、大きな本棚が、印象的だった。 夕食は、門倉が、駅前の寿司屋から、出前を取り 一緒に付いてきた、吸い物と食べる。 食事を終えた門倉は「俺、聡介っていうんだ、字はこれね」と 傍の机の上に有った、メモ用紙に自分の名前を書いて見せた。 「あ、私は、、」「知ってるよ、松本梨乃って言うんだろ?」 「え?私の苗字、知ってたんですか?」 梨乃は、苗字は、誰にも言って無かった筈だと、怪訝な顔をする。 「うん、梨乃ちゃんが勤め始めた時、ママに聞いたんだ」 聡介は、梨乃が、北沢に務める前からの常連さんだったと言う。 「もう、2年以上の付き合いなのに、初めて、門倉さんの名前を知りました」 梨乃がそう言うと「梨乃ちゃんが、いかに俺に関心が無かったかって事だね 俺は、梨乃ちゃんを見て、一目惚れだったのに」と 聡介は、冗談とも本気とも取れる様な言い方をした。 「あはは、また、そんな冗談を」梨乃は、笑って楽しい振りをしたが 聡介と二人きりの、この大きな家は、どうにも落ち着かなかった。 「先にお入り」と言われ、檜の良い香りの中で入浴したが それも、やっぱり落ち着かなかった。 いくら年上の、良い人でも、一人暮らしの男性と住む事になった。 「早く、ここを出なくては」と、思う。 しかし、出て行っても、どこへ行けば良いのか、アパートを借りられるだけの 収入を、得られる仕事を探さなくてはならない。 だが、梨乃の身元を保証してくれる人は居ない。 そんな梨乃が働けるのは、スナック位しかないが、スナックの人気は 今は、もう下火で、繁盛しているのは、北沢ぐらいだと聞いていた。 ホステスになりたい子は多いが、雇ってもらえるのは、難しいと知っていた。 風呂を済ませると「今日は、いろいろ有って疲れただろ、早めにお休み」 聡介にそう言われ、自分の部屋に行き、布団にカバーを掛けて敷き 横になったのだが、眠れなかった。 折角、良い所で働いていたのに、またも落とし穴に落ちてしまった。 私の不幸は、いつまで続くのだろう。 高校三年生の時、就職先を探していた時を思い出す。 地元の高校に通っていた梨乃は、商業科を選び、簿記の二級を取った。 これなら、就職先も多い、梨乃も担任も、そう思ったのだが、違っていた。 初めは「良い子ですね~簿記の二級も持っているなら」と、好意的だったのに 二、三日すると「ちょっと、今回は、、」と、断って来る。 何が原因なのか、分からなかったが、それが、何度も続き、落ち込んだ。 担任は、就職先を、近隣の県にも広げ「今度こそ、大丈夫だ」と言ったが やっぱり駄目だった、どこも、全く同じ断られ方だったので その事を、父に話すと、父は苦し気に「奥様の差し金だろうな」と、言った。 奥様と言うのは、宮地泰三の妻、睦子で、紅緒の母だった。
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