火事

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梨乃は、布団に横になり、掛け布団を、顔の傍まで引き上げて 眠くなるまでの間、また故郷の事を思う。 梨乃にとって、故郷は、辛い思い出しか無い場所だった。 母が居なかったので、授業参観には、いつも父が来ていたが その父の、足を引きずる真似や、吃音の真似をされ、からかわれ虐められた。 中学生になると、虐めは、どんどんエスカレートし、色々な物が無くなる。 しかし、机の中に「体育館の裏」とか「プールの足洗い場」等と書かれた 小さな紙切れが有り、そこへ行くと、無くなっていた物を見つけられたが 大抵、どろどろに汚されていた。 そんな事をするのは誰か、分っていたが それを知らせてくれるのは誰か、分からなかった。 虐められている事は、父には言えなかった、言えば悲しむだけで 虐めているのは、自分達には、どうにもできない、紅緒と言う 宮地の娘だったからだ。 紅緒は狡猾で、自分では手を下さず、父の力を利用し 立場の弱い男子を、手下の様に使い、梨乃を虐めさせ 先生達、大人の前では、素直な良い子を演じていた。 そこまで思い出して、ふぅ~っと溜息をつくと、梨乃は、眠りに入った。 夢の中でも、当時の事を思って、苦しんでいるのか 「またうなされていたよ」と、渚に起こされる事が多い。 その渚も、辛い事が有ったのか、よくうなされ「渚、渚」と、梨乃が起こすと 「ああ、また子供の頃の、怖い夢を見てた」と、言い 布団を梨乃の傍まで持って来て「梨乃、手を繋いで」と、甘え 手を繋いだまま、また眠るのだった。 翌日、梨乃は何時もの時間に起きて、洗濯機を回し 洗濯が出来るまでに、朝ご飯を食べ、洗濯物を干し、部屋の掃除をし 出掛ける用意をしていると、渚が帰って来た。 「お帰り~」「ただいま~、あ~疲れた」 渚は、だらしなく、ちゃぶ台の前に座ると「どこか行くの?」と、聞く。 「うん、門倉のマスターに誘われて、映画を見に行くんだ」 「へ~、何時も断っているのに、珍しいね」 「まぁね、私の好きな漫画の、実写版なんだって」 「ふ~ん、良い事だよ、梨乃もさ~、私みたいに、どんどん楽しまないとね」 「渚は、楽しみ過ぎだよ、呉服屋のご隠居さん、どうだったの?」 「聞いてよ、あんな年なのに、やたらと元気でさ~こっちが疲れちゃった。 だけど、私の事、とっても気に入ったみたいで、今日から老人会で 沖縄旅行に行くから、お土産、沢山買って来てあげるって言うんだ」 渚と一泊した翌朝に、旅行に行くなんて、本当に元気だな~ 梨乃は、小柄だが、上品な顔をして、腰の低い、紺野の姿を思いうかべた。 渚は「疲れたから、夕方まで寝ようっと」と、布団を敷き、横になった。 「じゃ、私は行って来るね」「うん、楽しんで来てね」 渚は、布団の中から手を振る。 梨乃は、定休日とあって、誰も通る人も居ない、がらんとした商店街を歩き 商店街の入り口に有る「カフェ、門倉」に着いた。 「本日、定休日」と言う札が下げられている、ドアを開ける。 「おはよう、マスター」「おはよう梨乃ちゃん、本当に来てくれたんだね。 さっきまで、本当に来てくれるのか、信じられ無くてね、嬉しいなぁ」 ブルーの濃淡のチェック柄のシャツに、白いカーディガン 紺色のズボンと言う、お洒落な格好で、待っていた門倉は、そう言った。 梨乃は、門倉に来たのは、初めてだった。 長いカウンターと、三席のテーブル席、その傍に、艶々した葉っぱの観葉植物 珈琲の香りが漂い、掃除が行き届いている、気持ちの良い店だった。
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