13人が本棚に入れています
本棚に追加
梨乃は、布団に横になり、掛け布団を、顔の傍まで引き上げて
眠くなるまでの間、また故郷の事を思う。
梨乃にとって、故郷は、辛い思い出しか無い場所だった。
母が居なかったので、授業参観には、いつも父が来ていたが
その父の、足を引きずる真似や、吃音の真似をされ、からかわれ虐められた。
中学生になると、虐めは、どんどんエスカレートし、色々な物が無くなる。
しかし、机の中に「体育館の裏」とか「プールの足洗い場」等と書かれた
小さな紙切れが有り、そこへ行くと、無くなっていた物を見つけられたが
大抵、どろどろに汚されていた。
そんな事をするのは誰か、分っていたが
それを知らせてくれるのは誰か、分からなかった。
虐められている事は、父には言えなかった、言えば悲しむだけで
虐めているのは、自分達には、どうにもできない、紅緒と言う
宮地の娘だったからだ。
紅緒は狡猾で、自分では手を下さず、父の力を利用し
立場の弱い男子を、手下の様に使い、梨乃を虐めさせ
先生達、大人の前では、素直な良い子を演じていた。
そこまで思い出して、ふぅ~っと溜息をつくと、梨乃は、眠りに入った。
夢の中でも、当時の事を思って、苦しんでいるのか
「またうなされていたよ」と、渚に起こされる事が多い。
その渚も、辛い事が有ったのか、よくうなされ「渚、渚」と、梨乃が起こすと
「ああ、また子供の頃の、怖い夢を見てた」と、言い
布団を梨乃の傍まで持って来て「梨乃、手を繋いで」と、甘え
手を繋いだまま、また眠るのだった。
翌日、梨乃は何時もの時間に起きて、洗濯機を回し
洗濯が出来るまでに、朝ご飯を食べ、洗濯物を干し、部屋の掃除をし
出掛ける用意をしていると、渚が帰って来た。
「お帰り~」「ただいま~、あ~疲れた」
渚は、だらしなく、ちゃぶ台の前に座ると「どこか行くの?」と、聞く。
「うん、門倉のマスターに誘われて、映画を見に行くんだ」
「へ~、何時も断っているのに、珍しいね」
「まぁね、私の好きな漫画の、実写版なんだって」
「ふ~ん、良い事だよ、梨乃もさ~、私みたいに、どんどん楽しまないとね」
「渚は、楽しみ過ぎだよ、呉服屋のご隠居さん、どうだったの?」
「聞いてよ、あんな年なのに、やたらと元気でさ~こっちが疲れちゃった。
だけど、私の事、とっても気に入ったみたいで、今日から老人会で
沖縄旅行に行くから、お土産、沢山買って来てあげるって言うんだ」
渚と一泊した翌朝に、旅行に行くなんて、本当に元気だな~
梨乃は、小柄だが、上品な顔をして、腰の低い、紺野の姿を思いうかべた。
渚は「疲れたから、夕方まで寝ようっと」と、布団を敷き、横になった。
「じゃ、私は行って来るね」「うん、楽しんで来てね」
渚は、布団の中から手を振る。
梨乃は、定休日とあって、誰も通る人も居ない、がらんとした商店街を歩き
商店街の入り口に有る「カフェ、門倉」に着いた。
「本日、定休日」と言う札が下げられている、ドアを開ける。
「おはよう、マスター」「おはよう梨乃ちゃん、本当に来てくれたんだね。
さっきまで、本当に来てくれるのか、信じられ無くてね、嬉しいなぁ」
ブルーの濃淡のチェック柄のシャツに、白いカーディガン
紺色のズボンと言う、お洒落な格好で、待っていた門倉は、そう言った。
梨乃は、門倉に来たのは、初めてだった。
長いカウンターと、三席のテーブル席、その傍に、艶々した葉っぱの観葉植物
珈琲の香りが漂い、掃除が行き届いている、気持ちの良い店だった。
最初のコメントを投稿しよう!