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「お前がそうして、大騒ぎすれば、この事は世間に知れる。
そうなったら、それこそ議員なんか、していられない。
達也と智也はどうなる?不倫した議員の息子と言う烙印を押され
学校でも、虐められるだろう、お前だって、PTAの会長とか
婦人会の会長どころでは無い、お義父さんに言いつけるだって?
そんな事をして、浜中の殿と言われて、尊敬されている
お義父さんの顔に、泥を塗るつもりか?」あくまでも冷静な泰三の言葉に
「う、う、、」睦子は、返す言葉が、見つからない。
悔しくて涙を流しながら「どうしても、あの親子を、この町に置くの?」と
力無く言った「うかつに外に出して、事がばれない様に
正彦の所に置いておくのが、一番なんだ、我慢してくれ」
そう言って、睦子を抱きしめた泰三は
「済まなかった、たった一度とはいえ、お前を裏切ってしまった。
だが、私が一番大事だと思っているのは、お前なんだよ
それは、分かっているよね」と言って、優しくキスをした。
泰三のその言葉に、しぶしぶ納得したものの
沙穂に対する怒りは、収まった訳では無い。
面白くない事が有る度に、沙穂の所へ押しかけ、虐めまくった。
だが、沙穂は、その事を誰にも言わなかった、自分が犯した罪の
一つの償いだと、思っていたのだった。
美也子だけは、その事を知っていて、沙穂が可哀そうになり
睦子が虐めている事には触れず
「睦子様の気持ちを考えて、この町から、出て行く事は出来ないの?」
と、正彦に言ったが「私には、安定した収入が必要だから
此処に居るしかないんだ」と、母の事を打ち明けた。
そして「お前の顔も見られなくなるのは、辛いしな」と、言った。
それから二年、辛い生活も、梨乃の成長の楽しみに比べたら、何でも無い
そう思っていた沙穂だったが、睦子から受ける、強いストレスは
沙穂自身も知らないうちに、沙穂の体を蝕み、心不全となって息を引き取った
紅緒は、10歳の頃、母が、美也子に愚痴っていた話を聞き
この事を知ったと言う。
「これが、私が知っている、全てです」そう言った美也子は
「梨乃さんは、今まで通り、東京で暮らすそうですね
いくら交通が便利になったとは言っても
法事の度に帰って来るのは大変でしょう、お墓や法事の事は、私がしますから
梨乃さんは、心配しないで下さい」そう言って、去って行った。
美也子は、梨乃の為を思って、そう言ったのだが
梨乃には、正彦は、私のものだから、もう心配しないでくれと
美也子に、父を取られたような気になった。
取られても仕方が無い、母の分まで甘えていた、優しい父は
本当の父では無かったんだから。
梨乃は、寒い風が吹き抜ける場所で、身じろぎもせず
美也子の言葉を、何度も繰り返していた。
私は、生まれて来ちゃいけない子だったんだ。
それなのに生まれて来て、周りの皆を傷つけ、苦しめ、悲しませて来た。
私は、本当に疫病神だったんだ。
寒い、寒い、心の中が凍りそうだ。
梨乃は、のろのろと立ち上がり、よろよろと寺から出た。
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