13人が本棚に入れています
本棚に追加
両手に紙袋を持った二人が、喫茶店まで戻ると「お待たせ~」と言って
立木が、布団袋を担いで来た。
「悪いね、そこのテーブルの上に、置いてくれる?」
「オッケー」立木は、布団袋を置くと
「まだ必要な物が有ったら、言ってね」と言って、帰って行った。
「あ、お金、、」梨乃が、後を追おうとすると「良いんだ、あそこも明日で」と、門倉が止め「梨乃ちゃんの分は、ここへ置いといて、渚ちゃんの分だけ
病院へ持って行こう」と、言う。
その時、いきなりドアが開き「坊ちゃん、探しましたよ」と言って
入ってきたのは、白髪頭の、職人風の、お爺さんだった。
「火事が近いと知って、来てくれたんだね」門倉がそう言うと
「お屋敷も、店も無事で、一安心しました」と、言った後
梨乃を、じろじろ見て「この人は?」と聞く。
「あ、その火事に遭った人なんだ」「えっ、それはまた、、」
お爺さんは、頭の鉢巻きを取り「災難でしたな~でも、まだお若い
元気を出して下さい」と、慰めの言葉をかけた。
「有難うございます」今の梨乃には、こんな優しさが、身に染みる。
「その火事に、俺も、ちょっと責任があってさ
この人、梨乃ちゃんって言うんだけど、暫く、うちで預かる事になったんだ」
「あ、それで、この布団」お爺さんはそう言うと
ひょいっと、布団を担ぎ「どの部屋ですか?」と、聞く。
「そうだな~東の部屋が良いね、あ、俺たちは、もう一人の
火事に遭った人の所へ行くんだ、後は、頼むよ」
門倉の言葉が、まだ終わらないうちに「あいよっ」布団を担いだお爺さんは
その声と共に、大通り側のドアから、姿を消した。
門倉の店には、商店街側から入れるドアと、大通り側から入れるドアが有り
商店街から入って来て、大通り側へ抜けたり、反対に、大通り側から入って
商店街へ抜ける人もいて、便利だった。
門倉には、二階席も有り、二階へ上がる姿は、ほかの客の目に触れない。
だから、内緒の話がある人は、お互いに、違う入り口から入って来て
二階で、話を済ませると、また、別々のドアから出て行く。
そこを、よく利用するのは、業者と会っている事を
ライバル店に知られたくない商店街の主人たちで、特に、選挙が始まると
当選者次第で、店の経営にも影響が出るとかで
誰が優勢かと、噂しあう利用者が増えるのだった。
「じゃ、行こうか」そういう門倉の後ろから、ついて行きながら
私、マスターの家で、暮らすの?梨乃は、ぼんやりそう思っていた。
「梨乃ちゃん、これを、渚ちゃんに、、」息を切らせて、走って来たのは
商店街の裏通りに有る、八百屋の沢口だった。
手には、苺のパックを持っている「有難う、渚、大喜びするわ」
梨乃は、そういって受け取った。
今は、結婚して、もう北沢には来なくなったが、結婚するまでは
よく来ていて、渚とも、何度か遊びに行った事が有る。
「見舞いには行けないけど、体に気を付けるように言ってね」「分かった」
沢口は、身重の妻を気遣い、渚の見舞いには、来ないんだな
梨乃はそう思った。
病院に着き、買って来た物を、渚に渡すと、梨乃は、苺を洗って来て
渚に食べさせた、苺は、渚の大好物だったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!