火事

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「沢ちゃん、まだ、私の好物、覚えていたんだ」そう言いながら 渚は、美味しそうに苺を食べた。 用事が片付いた美幸も、戻って来たが、朝から、何も食べていないと 一緒に苺を食べ「やっと、人心地着いたわ」そう言って笑う美幸に 「ママ、、」店にも、アパートにも火をつけられ、これからどうするのか 梨乃も渚も、美幸の事が、心配だった。 その時「渚っ、渚っ」血相を変えた、野良着姿の男が、飛び込んで来た。 「兄ちゃんっ」「大丈夫かっ」兄ちゃんと呼ばれた男は しっかりと渚を抱きしめ「無事だったか、よく頑張ったな」と、涙を零し 渚も、兄にしがみついて、ぼろぼろと、大粒の涙を零した。 ひとしきり泣いて、涙が収まった渚は「どうして?」と、聞く。 兄も、やっと周りにいる人を見て「ママさんですか?すぐに知らせてくれて 有難うございました」と、美幸に、頭を下げる。 「ママ、こんな大変な時に、よく兄に、、」渚は、また涙を零した。 「だって、渚は、もう祖父母も両親も居ないから、兄さんだけが頼りだって よく言ってたじゃない」美幸は、そう言うと 「大事な妹さんを、こんな目に合わせて、申し訳ありません」と、謝った。 「何を言うの、この火事は、ママの所為じゃないのに」 渚は、しゃっくりあげながら言った。 美幸の電話を受け、着替えもせず、新幹線に飛び乗ったと言う兄、一郎に どこも怪我は無いが、念のため、今夜一晩は、入院するという事を 説明していると、ナースが来て「もう、面会時間は、終わりです」と 病室から、追い出されてしまった。 仕方なく、病院の待合室で、四人は、渚の今後の事について、話をする。 兄は「退院できるなら、明日、故郷に連れて帰りたい」と、言い 渚が、子供の頃、火事に遭った話を始めた。 それは、まだ渚が7歳の時だった、夏休みで、兄の一郎は 母の実家に、泊りがけで、夏休みの宿題、昆虫採集に出かけていた。 熱い日中、田んぼの草取りで、くたくたに疲れていた両親は 深い眠りに入っていた。 渚が、異様な音に目を覚ますと、天井から火の粉が降って来た。 「何だろう?」そう思う間もなく、真っ赤な炎と共に、天井が崩れ落ちて来た 家の外で、離れに住んでいた祖父が、両親の名と、渚の名を呼んでいる。 祖父ちゃんの所へ行かなくっちゃ、渚は、這いながら、炎が渦巻く中 家の外に出て行ったが、その背中には、火が付いて燃えていた。 「渚、渚っ」這い出て来た渚を抱え、祖父は、井戸の傍に行くと 夢中で、水を背中にかけ続ける、その時になって、やっと消防車がやって来た 誰かが知らせたのか、救急車も来て、渚を病院へ運んだ。 火事の原因は、古くなっていた家の、漏電だった。 渚は、あの恐ろしい火と、両親が死んだという事に、ショックを受け 暫くは、火を見る事さえ出来なかった。 背中の火傷は、少しずつ良くなり、今では、よく見ないと 分からない位だったが、それでも、渚には、引け目になっていた。 「渚、、可哀そうに、、」梨乃は、一郎の話を、泣きながら聞いていた。 「ですから、火が怖い渚が、よく脱出できたと、吃驚しているんです」 一郎が、そう言うと「確か、梨乃ちゃんの大事な物を 絶対持って出るんだって、頑張ったそうですよ」と、門倉が、教えた。 「渚は、ああ見えても、責任感の強い所が有るからね」美幸も、そう言う。 「そうでしたか、渚が助かったのは、梨乃ちゃんのお陰ですね」 一郎は、嬉しそうな顔を、梨乃に向けた。 そして「平気な顔をしていても、きっとまだ、ショックは大きいと思います 家に連れて帰って、のんびりさせてやりたいんです」と、言う。 「そうですね、渚には、それが良いと思います」美幸も、賛成した。 梨乃は、渚の為だと思いながらも、唯一の友達と離れるのは やっぱり寂しいなと、心の中で思っていた。
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