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 夏休みに入ってすぐの金曜日。  花火大会は19時半から。会場まではバスもあるけど、とんでもなく混むし、歩ける距離だから歩いて行く。  夏休みだから、皆好きな時間に水瀬家にやって来る。  俺はたいてい午前中から入り浸っていた。 「じゃー行こっかー」  と陽菜が号令をかけて歩き出す。俺の隣を碧が歩いている。 「そういえば敬也(たかや)は?碧」  敬也は唯一の碧の中学からの友人だ。他は皆、保育園や小学校からの友達である。  確か今日敬也は花火から来ると聞いた気がする。 「あ、うん。なんかね、妹さんが熱出しちゃって見てなきゃいけなくなったからって」 「そっか。残念だったね」  そう言いながら、俺は少しほっとしていた。  敬也がいる時は、碧との距離が開く。  碧に新しい友人ができるのはいいことだ。そう頭では思っているのにイライラしてしまう。  心が狭い。自分で呆れるほどに。  太陽が雲の中に沈んで、空が夕焼けに染まっている。川に沿ってぬるい風が吹いていた。  河川敷で行われる花火大会。堤防の上の道からは空が広く見えた。  住宅街からこの道に上がったら、一気に人が増えた。 「碧、手繋いで行こっか」  そう、一応訊いてみた。嫌だと言われたことはないけれど、少し鼓動が跳ねてくる。 「うん」  碧は頷いて手を出した。少し開いた指先が、やけに可愛い。  手の出し方が可愛い、とか、俺やばいんじゃないか?  その、出された俺より一回り小さい手を握った。  手を繋げば、もちろん距離が近くなる。  碧の肩が腕に当たる。すぐそこに小さい顔がある。  元々可愛かった碧が、最近もっと可愛く見える。  その理由は、考えないことにしている。  堤防の上の道をぞろぞろと歩いているうちに、ゆっくりと陽が暮れてきた。  人はますます増えてきて、徐々に歩きにくくなってくる。  うわっ  碧の手が、俺の手をぎゅっと握った。誰かに押されてよろけたらしい。  人が増えているから、距離が縮んで腕がぴったりとくっつく。  胸が騒ぐ。  前を歩いている陽菜が「この辺にするー?」と言って、皆が「いいんじゃない?」と応えて、河川敷に降りた。仮設のトイレがまあまあ近い。でも去年とは違う場所。  女子は持ってきたレジャーシートに座った。男子は気にせずそのまま座る。  石がゴロゴロして痛いのは、たぶんどっちも同じだろうと思う。    空は、少しのピンク色を残して瑠璃色に染まってきていた。  夕闇が辺りを青く見せる。 「…耀くん」 「ん?」  隣に座った碧が、俺のシャツを引っ張った。 「…暗いの、ちょっと…怖い」 「…思い出す?去年のこと」  うん、と小さく頷いた碧が、唇を噛んだ。  やばい…可愛い 「…じゃあ、こうする?」  俺は腕を碧の方に伸ばして、肩を抱くポーズをとった。  さすがに断られるかな、と思いながら。  でも。 「うん」   頷いた碧が、俺の方に寄ってきた。寄ってきて、俺にもたれかかる。  う…わ…っ  自分で言っておいて、ものすごく動揺している。  ほんとにいいのか?と思いながら肩を抱く。  顔、あっつい…  夜でよかった。  ていうか夜だからこんなことになってんのか。  ドン!と一発目の花火が上がった。  腕の中の碧が空を見上げた。花火の光に照らされた瞳がキラキラと輝いている。  次々と上がる色とりどりの花火を嬉しそうに見ている碧は、俺の肩に、胸に身体を預けてくる。  今年も花火どころじゃない。  花火に負けないぐらいの音が胸の中で鳴っている。  これ、碧に気付かれないよな?  花火の爆音が響いてるから、大丈夫だと思いたい。  肩なんか今までだって組んだのに、今日はやけに胸が苦しい。 「うわぁ、ねえ、耀くん。さっきのすっごい綺麗だったね」  俺にもたれた碧が見上げてくる上目遣いが死ぬほど可愛い。 「そうだな」  と応えたけれど、ほんとはロクに見ていない。  駄目だ。もう駄目だ。碧が可愛すぎる。  碧も男なんだぞ、とかもうどうでもいい。  誰より碧が可愛いんだから仕方ない。  俺にぺったりともたれた碧は、空に咲く花火を見つめている。  口元が「うわぁ」と言うように開いていて可愛い。 「あ、すごいすごい綺麗!ね、耀くん。今何回色変わった?」 「ちょっと分かんなかった」  ごめん、見てなかった、と心の中で謝る。  花火じゃなくてお前を見てた。 「来てよかったー。耀くん、ありがとね」  へへっと笑いながら碧が言う。  俺はもう何も言えなくて、ううん、と軽く首を振ってその笑顔を見ていた。  また次の大きな花火がドン!と上がって、碧が空を見上げた。  大きな瞳に大輪の花火が映り込む。  その花火が一番綺麗だな  そう思いながら俺は、夢中で花火を見上げる碧の横顔を飽きることなく見つめていた。  了
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