全くもって東条空は臆病者(2)

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全くもって東条空は臆病者(2)

 俺は中学時代、友達という存在が居たことは入学しておよそ、一ヶ月の間だけであった。  そこからの約三年間は毎日イジメの日々だった。イジメの発端は当時俺とクラスメイトの佐藤と同じ女子生徒を好きになった事が原因となり、佐藤は恋敵である俺を排除しようと、俺と同学年のほぼ全員に「東条ってムカつかね? あいつ調子に乗ってるよな」などと文句を言い回り仲間を増やしていた。仲間を増やすのに一人の共通の敵、つまりは俺を排除するという目的ができ、気が付けば佐藤を中心とした一つのグループが出来上がっていた。  そこからの彼等は、無視、悪口は当たり前。当時の俺に付けられていたあだ名は『ひょっとこ』であった。なんでも、言い返したりする時、口が少しとがっていたからだそうだ。  更に、学年が上がるのと同時に下級生にも俺の存在と、あだ名が知れ渡り、俺はある意味学校内で指折りの有名人になっていた。  そのイジメから三年間も耐え抜いた俺の精神力は、最早悟りを開いていると自負している。……時々思い返して気付くと枕が大洪水。なんだよ、全然悟り開いてないじゃん。  サブローとのやり取りを終え、俺は自分の教室で喉を通らない食事を無理矢理コーヒーで流し込んでいた。 「おーい、空、昼休みどこに行ってたん? あ、んでさ昨日のテレビ観た? あれ超笑えたんだぜ?」  今声をかけてきた彼はクラスメイトの阿久津将英。通称あっくんだ。  あっくんはクラスのお笑い担当であり、クラスの上位カーストに位置する人気者で、こうやってクラスのモブキャラである俺なんかにも気さくに話しかけてくれるとてもいい人である。  だが、人にはタイミングというものがあるのだよ。今まさに俺は誰にも話しかけられたくないから自分の席で一人昼食を摂っていたのに。……まさか俺が一人になっているのを心配してくれたのか? いや、こいつはそういう奴ではない、たまたま彼の目に入り、たまたま俺が一人で居ただけの話である。場違いな勘違い程痛いものはない! 「いや、観てないし。ちょっと用事があってな、それと、悪い。今考え事してるから話しかけないでくれるか?」 「お、おぅ、なんかごめんな? タイミングが悪かったみたいだな」  少しだけ語気が荒くなってしまったが、それを聞いて、あっくんは友達の所に戻っていった。今は誰かと話している暇は無い。  それに、俺は今回の件について何一つとして把握できていないのだから。  こうなったら、正直気は進まないが、確実に俺より情報を持っていそうな人に聞いてみることにするべく、とある人物に一本の連絡を入れる。  ……まさか、こんなタイミングでこいつの連絡先が役に立つとは思わなかった。まぁ連絡先交換の経緯はあれなんだが……。  昼休み終了のチャイムが校内に鳴り響く。  午後からの授業も普段から聞いてる方ではなく、今日は更に聞く気にもなれず、ずっと机に突っ伏していた。 (本当に俺は一体何をやらかしたんだ? 退部になるってよっぽどだぞ?)  考えても一向に答えは出ず、ただただ同じ思考のスパイラルに囚われていた。それから周囲の音が消え、それに気が付き顔を上げてみると、既に帰りのホームルームが終わっていた。……誰も起こしてくれないのね。もぅ、皆優しいんだから♡  放課後になり、他の生徒たちは各々部活に行くなり、下校するなりで校内に人の影は無くなっていた。そして、俺は先程、昼休みに連絡をした人物を待っていた。 「あ、いたいた! せんぱーい!」  どこかふんわりとした可愛らしい声で俺を呼ぶ声が聞こえる。俺を先輩呼びするのは……、とあたりをつけて声のする方に顔を向けるとそこには、桜のような綺麗な桃色の髪をした一人の少女が居た。  彼女の名前は、桃坂奏。  彼女は俺の後輩で、女子バスケ部に所属している。さらに、下級生ながらにして、女子バスケ部のエースを任されている意外と凄い子である。  髪型は肩より少し長いセミロング、クリっとした大きな目に涙袋に黒子があるのが特徴的でとても可愛らしく、スタイルは運動部ということもあり、キュッと引き締まったウエスト、更に程よく肉付いた太もも、胸部は俺推定によるとC寄りのBだと思われる。  端的に言うと俺好みのバストサイズである。  性格は、天真爛漫でとにかく明るい桃坂。そしてなにより……、あざとい。  俺のことをいっつもからかって遊んでやがる。ったく、一体どこのからかい上手さんだよ。  彼女のあざとさに隠された巧妙な計算に気付かない哀れな男共は、幾度となくその術中に嵌り桃坂の掌の上で転がされ、女性不振になるやつまで居たらしい。  だが、その容姿とあざとさ故に桃坂の人気はかなりすごいらしく、わが校に留まらず他校の生徒にもモテモテらしいと噂で聞いたことがある。  確かに、一年生ながらにしてバスケ部のエース、それにあの容姿、人気があるのも頷ける。 「よぉ。悪いな、いきなり放課後会えないかなんて呼びだして」 「もぉー。ほんとですよー、先輩からの呼び出しなんて今までなかったので驚きましたよ」  頬をぷくっと膨らませて抗議してくる。なにこの子、可愛いんですけど。 「でもさ、君。来るの遅くない? 結構待ったんだけど」  俺が抗議の念を伝えるべく口を開いたのだが、その瞬間桃坂の頬がはちきれんばかりの膨らみを見せる。 「先輩! デリカシーなさすぎです! 女の子には色々準備があるんですよ!」  ……え、この子、俺に会うために準備してたとか、可愛すぎる。俺も彼女になら弄ばれてもいい気がしてしまった。だが、しかし待ってほしい! 俺は桃坂奏がどういう人物かを知っている。 「さいですか。んで、ほんとは何してたの?」 「ほぇ? 友達と話してましたよ?」  ほんと期待通りで嬉しいよ! あぶねー。危うく俺も桃坂奏被害者の会に入るところだったぜ、いや、なんならそのまま会長になってるまである。  しかもほぇ? ってなんだよ。あざとすぎるだろ! そんなこと言う奴初めて見たわ。  桃坂は普段から、男受けする言い回し方、仕草、制服の着こなし方まで全て計算されているのだ。俺はそんな桃坂のことを常に警戒している。そうでもしないと、いつ騙されるか分かったものではないからである。  こんな学内を超えて人気のある桃坂とモブキャラの俺がこうも普通に会話しているのは少し訳がある。それは、桃坂と初めて話したことがきっかけだった。
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