真夜中三時の青椒肉絲

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 いつも通りの部活内練習が終わったあと、彼女が俺にもう一つの秘密を打ち明けてきた。  それは彼女の心に関する秘密だった。 「私、今から自殺したいんだよね」  突然の発言にほんの一瞬だけ言葉に詰まる。  そのあと、俺の目の前は真っ赤に染まった。「可哀想だな」という在り来りな言葉を返したくなるが、そんな常識を跳ね除ける。  それから、怒りと嫉妬に好きと可哀想が混じって、頭の奥がくらくらした。  気がつけば彼女の胸ぐらを掴んでいた。  自殺するなんて許さないという正義感と同時に、自殺したいと言い切る強さに嫉妬していた。  結局、不幸自慢に付き合わされていただけかよ、と思うと自分の中に燻っていた憎悪がぶわっと膨らんだのが分かった。  不幸とはそこから這い上がれる余地のことであり、それはつまり「才能」と同じ種類ものだ。  這い上がって来た者を、マイナスをゼロにした者を大人たちは評価する。  凡庸な人生しか与えられていない俺とは違う。彼女はどこまでも主人公なのだ。  その事に気がつくと、虚無に塗れた感情を持て余すほかなかった。 「自殺するほど自己陶酔出来るってのは寧ろ幸福だ。なんだ、死んだら私の人生全部不幸でしたってか。ちゃんと生きてる俺に向かって言うなよ、くそが」 「……ごめん。でも、この気持ちは本当だし、例え嘘だったとしても誰かにどうこう言われるものでもないと思う」  俺の批判に一切怯むことなくまっすぐな目で射抜かれて、掴んでいた手の力が抜けていく。  愛し方なんて知らない。  慈しみ方なんて知らない。  他者の気持ちに難癖つけることが正解だなんて思ってはいない。  だけどそうでもしないと自分を保てない。  自他の境界が曖昧だってことは自覚している。  持っている物への羨ましい気持ちはどうしたって消えないし、増殖していくばかりだ。  結果として、羨ましいは恨めしいに変わるんだから。  性根が腐っているのはどうしようもなく彼女ではなく自分の方だった。  他者との関わり方を教えて欲しい、切実に。  真面目に勉強する前に、誰かを殴りつける前に、俺は「俺」としてこの場所に居たかった。  周りの奴らはみんな、いつだって同じ顔をしてくんだ。 「そんな事、教えてもらわなくても分かるだろ?」 「大して不幸でもないくせにグレる理由は何?」  ……んなもん、俺が一番知りたい。 『可哀想だな』 『相談に乗るよ』 『自殺するなんて言うな』  そんな白々しいことを言えばよかったのか?  そうすれば世界は満足したのか? 彼女は納得したのか?  「自殺したい」と述べることすら躊躇う、酷く真っ当な俺の気持ちを蔑ろにされてるんだぞ。……そんなの、あんまりじゃねぇか。
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