真夜中三時の青椒肉絲

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 彼女がそろそろと手を伸ばしてくる。  俺にはもう振り払う気力すらなかった。  傷つけたのだから、傷つけられるべきだ。  反対に、傷つけられてもいいから傷つけたかった。  何をしてもいい関係だと信じてみたかった。  俺のちゃちな感傷の受け皿が欲しかった。たったそれだけの事がこんなにも難しい。一人で解決するものだと言われてしまうのだから。  彼女の手はか細く震えていた。  そっと俺の頬を撫ぜて言う。 「もうさ、こんな世界どうだっていい」 「はは、そりゃそうだ」 「私のクソ親父も要らないし、あんたを侮って見下す大人たちも要らない。全部要らない……なら、私が消えればいい。そうじゃない?」 「……なら、俺が消えても同じじゃねぇか?」  俺の言葉に彼女は一瞬だけ逡巡したあと、きっぱりと言った。 「ううん、大ちゃんは生きるべき。死ぬなんて、勿体ないこと言わないで」  晴れやかな笑顔で無神経な言葉を紡ぐ彼女に俺は何も言えなかった。  彼女もまた、大人たちと同じことを言うんだ。君は君だよ、と手を離して境界線を引くのだ。  これは呪いだ。  俺にかけられた呪いだ。  そして彼女はどこまでも狡い人だった。  俺を言い訳の一部にして死にたがっていたんだから。 「ねぇ、大ちゃん」  彼女に甘えた声で懇願される。 「……私を、沈めて」  そう言い残して、彼女はプールに飛び込んだ。  いつの間にか日は陰っていて、肌寒いくらいだった。  どくどくと耳元で鼓動が聞こえる。  現実世界じゃないみたいな心地がしていた。  そんなに死にたいなら死なせてやるよ。投げやりな気持ちだけが俺を支配していく。  それから、浮き上がってくる彼女の身体を押さえつけた。  俺を踏み台にして、さっさと次に行けばいい。  一人だけで、後のことなんてなんも考えずに、逃げればいい。自由になればいい。  無自覚に人を呪って、それで自分は不幸だって信じていればいい。  彼女は俺の押さえつけに抵抗さえしなかった。  ごぽっと大きな空気だけを吐き出して、あとは時間が過ぎていった。  いつの間にか彼女の身体は脱力していて、そのままプールの水面を揺蕩う。  ぼんやりと命の灯火が消えてゆくのを待って、それで終わり。
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