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俺が憑依した時点でゲームは既にスタートしていて、皇子、他攻略者たちの心は主人公にあった。
今さらどうあがいてもこの関係を変えることなどできない。
俺は予定通り悪役令息を演じたが、シナリオでは徹底的にやったテンペランスとは違い、やり過ぎないというところに重きを置いた。
パーティーで取り巻きを利用して嘲笑しても、ワインは頭からかけないとか、ベッドの中に毒虫や毒蛇ではなく、ヒヨコを入れておくなど。
転ばせたりするにしても怪我をしない程度を心がけた。
細心の注意を払って、ちくちくとした嫌がらせに留めた。
結果、俺の作戦は成功した。
断罪シーンでは、攻略者達が俺の数々の悪行の証拠を晒していくのだが、大したものはなく、決定打となる殺害未遂も、ただ川に落とした、しかも足がつく深さの場所だったという、これまた微妙な悪行になった。
しかしシナリオシステムというのは、どうしてもその方向に無理矢理にでも進むらしい。
俺は予定通り断罪されたが、みんなどんな罰を受けさせようか悩む事態になってしまった。
シナリオでは投獄だったが、どう考えてもそこまでの悪行ではなく、どうしようかと断罪中に攻略者同士が話し合いを始めてしまった。
そこで俺は自分から考えていた罰プランを披露することになった。
「ううぅ……公爵家からは廃嫡、平民に落ちて、辺境のど田舎に追放、教会に一生奉仕すること……なんて恐ろしい罰」
「なかなかいいだろう、処刑とか投獄されるよりよっぽど軽い罰だ」
目に涙を浮かべて、悔しそうにハンカチを噛んでいるアルモの背中をポンと撫でた。
下を向いていたアルモは、またぐわっと勢いよく顔を上げた。
「そもそもっ! 罰を受けるようなことですか!? あの、ジョリとかいう男爵令息! 礼儀も作法もなってないし、婚約者のいる皇太子殿下に気軽に近づいて……どう考えても無礼なのはアチラですよ! テンペランス様は貴族としての心得を説いて窘めていただけなのに……」
「んー……まぁ、それがテンプレっていうか……」
「はい!? なんですか?」
「いや、その……、俺はこの処分で満足しているからさっ、あんまり暗くならないで」
俺がそう言うと、自暴自棄になっている可哀想な人という目で見られて、アルモはまたガックリと項垂れてしまった。
そう、世の中、自分の思い通りになんてなかなかいかないものだ。
……だが。
時には上手くいくこともある。
子供時代に憑依したわけではなく、すでに何もかも成長しきった十七歳。
一年後に婚約破棄と断罪シーンを控えていて、ここから人間関係の修復は不可能。
ならばシナリオ通り進めて、自分のラストだけはちゃっかり変えることを選んだ。
つまり今のこの状況は、俺が思い願った通りになった。
ややこしい貴族の世界からは縁を切り、田舎でのんびりスローライフ!
これこそ、憑依後、この世界で俺が目指してきたその後の人生なのだ。
それに、ここはBLゲームの世界なので男同士の恋愛とかからも距離を置きたい。
色々と奪われたが、そんなものはどうでもいい。
ど田舎に、それなりの家を用意してもらっている。
こんなに恵まれた罰はあるだろうか。
悲嘆に暮れるアルモには悪いが、さっさと服を脱ぎ捨てて叫び出したいくらいの開放的な気持ちになっていた。
「あそこです。村が見えてきましたよ。あれが辺境ど田舎村です」
御者が指差した先には、ぽつぽつと家が建っていて、やっと集落が見え始めた。
そのネーミングどうにかならないのかと思いながら、俺はこれから始まるハッピーエンドのその後の世界に、溢れそうな期待で胸を膨らませていた。
◇◇◇◇
まだ空が暗いうちから俺の一日は始まる。
井戸から水を汲んで、顔を洗い、身支度をする。外に出たら一番に鳥に餌をあげて卵を回収する。前日に出た野菜の屑と卵の殻を混ぜて肥料を作る。
火を起こして、大鍋いっぱいにスープを作って煮込む。その間に掃除を済ませて……
とにかく朝は大忙しだ。
作った肥料を袋に入れていたら、バサっと顔の前に下りてきた髪が邪魔で耳にかけた。
そこでふと気がついて手が止まり、部屋に飾ってある鏡を見た。
「うわぁ、ずいぶん伸びたな……、もう肩につきそうだ。ここに来て半年経つからなぁ」
鏡の中にはさすがにもう見慣れた顔が映っていた。
長い銀色の髪に、切長の目には目の覚めるような濃いブルーの瞳が浮かんでいる。
色白の肌は毎日たっぷり日を浴びているはずなのに、少しも焼けることがない。
テンペランスは、もともと皇子の婚約者で悪役令息役だ。主人公のジョリが太陽のように明るく可愛いと称されるなら、テンペランスは月の女神のように美しい男だった。
俺の印象としては、気位が高いので笑いの表情筋が死んでいて、悪役令息らしくキツイ目をした美人という感じだった。
そんな男が今ではボロを着て泥だらけになって暮らしているのだから、誰も想像できないだろう。
俺が憑依してからは、それなりにシナリオに沿って冷淡な男を演じてきたつもりだったが、この田舎の地に来てからはもうそんな必要もなくなった。
「ランちゃん! おはようー!」
田舎の家、というのは基本ドアを閉める習慣がない。
ノックして許可を得てからドアを開けるという、今までの習慣はぶっ飛んでしまった。
基本、開けっ放しで、誰でもウェルカム。
そもそも泥棒なんて来ないし、村の住人はどの家も好き勝手出入りしていいようになっている。
近所の子供達が自宅のように勝手に入ってくる、なんてのも日常茶飯事だ。
鏡の前でぼけっと突っ立っていたから、元気な声にやっと気がついて、俺も元気よく振り返った。
「おはよう、ロキ、ソニア。朝から元気だなぁ」
「ランちゃんー、見て見て、こんなにたくさん摘めたんだよ」
籠いっぱいの野いちごを持って部屋に入ってきたのは、近所に住む子供のロキとソニア、二人とも黒髪に黒目でよく似ているが、十歳と九歳、一才違いの兄妹だ。
この村に来て、最初は村人達に警戒されたが、一番最初に話しかけてきてくれて仲良くなった子供達だった。
「朝から山に摘みに行ったのか、すごいなぁ大量だ。マレーヌさん喜ぶぞ」
へへっと言いながら、二人とも鼻の頭を赤くして得意げに笑った。
「いい匂い、芋のスープ?」
「そうだよ。今日は礼拝日だから、来てくれた人に配るやつね。……今、味見をしてくれる人を募ってるんだけど、君たちどうかな?」
「はーい! 味見係りになります」
二人して身を乗り出して手を上げてくれたので、あまりに可愛くてクスクスと笑ってしまった。
俺の村での生活は、基本的にはのんびりスローライフではある。
だが、村というのは一人でのんびり暮らす、というより、それぞれが大きな家族のように助け合って暮らす場所だった。
育てた作物、料理や調味料まで、渡し合って、貸し借りして、困った時は助け合うのが当たり前、村意識が強いので、余所者には厳しいところがある。
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