憧れのスローライフは計画的に

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 始めは慣れなくて戸惑って、冷たくされて落ち込んだり、という日々だったが、半年もすればやっと認めてくれて、なんとか暮らしにも馴染むことができた。  村の人が受け入れてくれたのは、俺のここでの役割も大きいだろう。  この世界の人間は、世界を作ったとされる太陽神テラと、人を作ったとされる月神ルナを崇めている。  新教と呼ばれていて、皇族から平民まで全員が熱心に信仰している。  やることと言えば、毎日、テラ神とルナ神に祈りを捧げて、帝国の平和と繁栄を願うというシンプルなものだ。  帝都には教皇庁があり、そこから帝国の隅々まで神父が派遣されている。  この辺境ど田舎村にも小さな教会があって、そこに神父がいる。  俺のここでの仕事は、新教に祈りを捧げて、神父の世話人として身の回りの世話をすることだった。  正直皇帝がどうなろうと知ったことではないが、この平和が脅かされるのは困る。  そして、ここの環境に馴染むには、熱心な信仰心を持っていることが第一条件であるので、俺は喜んで世話人の仕事を引き受けた。  おかげで村の人にも顔を覚えてもらって、早く馴染むことができたと思う。 「美味しかったぁー、これ、絶対争奪戦になるよ。その鍋いっぱい食べたいよ」 「はははっ、鍋ごとは腹を壊すよ。ありがとう、ロキ、ソニア」  茶碗一杯のスープをペロリと完食した二人は、満足そうにお腹を押さえていた。  頭を撫でてあげると、頬が赤くなって可愛いなと思ってしまった。 「ランちゃん、さっき、真剣な顔で立っていたけど、何か悩みごと?」 「え? ああ、髪がね、だいぶ伸びたから切ろうかなって。作業の邪魔で……」 「だめだよ! ランちゃんの髪は、銀の糸のように綺麗なのに! もったいない!」  さすが女の子だけあって、ソニアの言うことは可愛らしい。ありがとうと笑ったら、横からロキもぎゅっと腕を掴んできた。 「僕もそう思う! こんなに綺麗な髪を切るなんて! 長く伸ばそうよ。僕が毎日とかしてあげるから」 「いやぁ……長いと邪魔だし」  なんで田舎暮らしをしながら貴族令嬢のように髪のお手入れをしないといけないのか。  無理無理と思っていたら、目の前の兄妹は同じように頬を膨らませてムッとした顔をしていたので、まぁしばらくそのままでもいいかと笑って誤魔化した。  出来上がったスープを持っていつものように教会に向かうと、道すがらおはようと声をかけられた。  鍋を抱えていて両手が使えないので、とびきりの笑顔で挨拶すると、みんな手を振って笑い返してくれた。  一人で誰とも喋らずに暮らすことをイメージしていたので、想像とはずいぶん違ってしまったが、悪くないなと思っていた。 「おはようございます。エパヌイ神父」 「おおっ、ランか。おはよう」  村外れにある石造りの小さな教会。  数人で満席になる狭い礼拝堂と、その奥に神父の住居、といっても粗末なベッドと机だけが置かれた小さな部屋があるのみ。  その部屋の机にスープを置くと、何やら木の椅子に立って、高い位置のものを取ろうとしている神父に気がつき慌てて近づいた。 「大丈夫ですか? 俺が取りますから、そこから降りてください」 「ゴホッ、悪いね。少し喉が痛くてね。薬草箱が戸棚の奥にあるから……」 「分かりました。そういうことは全部俺がやりますから、危ないですからベッドに座っていてください」  エパヌイ神父はご高齢で、おそらく八十は超えていると思われる。大病を患っているわけではないが、体のあちこちに不調があり、なんとか日々の務めを行なっている状態だ。  村人の助けはあったが、今まで世話人をつけずにやっていたと聞いて驚いた。  戸棚の中から、薬草箱を取り出した俺は、喉の治療用のビンを取り出してエパヌイ神父に渡した。  中には乾燥させた薬草が入っていて、お湯に煎じて飲むタイプの薬だった。 「今、お湯をもらってきますから、ゆっくり休んでいてください」 「すまないね。あ、そうだ。後で話があるから、用が終わったら声をかけておくれ」 「は……はい」  エパヌイ神父はシワだらけの顔で目を細めて優しげに笑っていた。  近所の家からお湯を調達して、神父に薬を作り、今度は教会の中を掃除した。  時間になるとゾロゾロと村人が集まってきて、神に祈りを捧げる礼拝が始まった。  礼拝の祈りの儀式を、神父は背筋を伸ばして堂々と執り行い、終了後は俺が作った芋のスープを配った。  大地の実りと、食物に感謝をしてスープを食べて、みんなそれぞれ帰って行った。  片付けを終わらしてから、神父に声をかけると座るように言われたので、礼拝堂の椅子を借りて腰を下ろした。 「ラン、お前はなかなか難しい境遇で、ここへ来てどうなることかと思ったが、今まで大変よくやってくれた」 「はい、ありがとうございます」 「次の神父にもよく仕えて、やって欲しい」 「はい、……え?、エパヌイ神父、お辞めになるんですか!?」 「私をいくつだと思っているんだね。もう体が動かないし、ここでの役割を果たせない。郷里に帰って骨を埋めることにするよ。教皇庁から、新しい人が派遣されてくるはずだ」  聞くところによると、神父に定年制はないが、やはり体が辛くなったり病気をしたりすれば祭事が行えないので、交代を願い出ることができる。  確かに日々の業務は、ほとんど俺が代わりにやっていた状態だったので、そろそろ限界だと思って引退を考えていたのかもしれない。 「明日!? そんなに早く行かれるんですか……」 「ああ、世話になったね。ランの結婚式の立会人になれなかったのだけが心残りだ」 「今から相手を見つけるなんて、どれくらいかかるか……。それに、俺は結婚できませんし、するつもりはありません」  好きな相手はいないのかと毎日のように聞かれていたので最初は戸惑ったが、もうそんな挨拶のように思って慣れてしまった。  俺が頭をかいて笑っていたら、エパヌイ神父はフッと真剣な目になって俺を見てきた。 「お前の境遇のことなら、気にすることはない。お前は心が優しい。罰を受けるような人間ではないし、幸せになってはいけないなんて、そんな罰はないのだから」 「エパヌイ神父……」  もう結構楽をしているんだけどなと思いながらヘラヘラ笑っていたら、ポンと頭を撫でられた。  神父のことは上司だと思っていたが、いなくなると分かって初めて、家族のような気持ちを寄せていたことに気がついた。  思えば、テンペランスの人生というものは、なかなかハードなものだった。  解放されたから改めて思うのだが、あの婚約破棄騒動に巻き込まれていなかったなら、別のことで命を落としていただろうなと、しみじみ考えていた。  テンペランスはヴィーヴル公爵の実子ではなく、再婚した妻の連れ子だった。  実の父親は他国の貴族だったらしいが、テンペランスが幼い頃に亡くなっている。  テンペランスが公爵家に連れてこられたのは、七歳の時だった。  公爵は連れ子だったテンペランスをかなり可愛がって育てたらしい。  しかし、それをよく思わなかったのが、義兄のジアンだった。
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