夏想う、冬の空

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「いくみん、助手席?」 試着室に入りかけたかわっちが、顔を戻してくる。 「細かいことは覚えてないんですが、なんだかなりゆきで。でも、着いた頃には、後ろの席は、静かになってて」 〝行こう言ったやつらが寝てるし!〟 酒井くんも呆れ顔で、でもせっかく来たので車から外に降りて。 〝さむ!なんで冬に星?寒いじゃんねえ〟 〝星は年中輝いてますし。いつ見ても、きれいですから〟 実家から、車で三十分もかからない場所なのに。初めて夜に来たというだけで、私はなんとなく浮かれていて。外灯から離れた方が星が見えるかと、砂利道の方に踏み込んだ。  わ。数メートル歩いて顔を上げると、視界が、墨色の空と、その上にぱらぱらと散った星の光だけになる。空気が冷たい。でも思い切り吸い込みたい。  冬に有名な星座があったはずだけど、星の名前も位置も思い出せずにいた。 〝冬の三角形?大三角形だっけ?ってあったよね?〟 振り返ると、二三歩うしろで、酒井くんも空を見回していた。 〝子供の時、ちゃんと勉強しとけばよかった〟 〝私も、そう思ってたところです〟 〝北極星とかわかる?〟 しばらく二人で、あれかこれかと指さした。結局見つからなかったけれど、というか見つけていても、それとわからなかったのだけれど、そこにも、あそこにも、って、彼方の夜空に浮かぶきらめきを、ひとつひとつ眺めていると、胸にもさやかな光が積もって明るんでいくようで。 〝三角って、夏のもなかったっけ?〟 寒いから、夏にまたゆっくり見るか。ダウンコートのポケットに手を突っ込んだ酒井くんのあとについて、星空の名残を惜しみながら車に戻った。 それから、後ろの三人を送る間、特別何を話したわけでも、特別何かいい話をしたわけでもなく。酒井くんが小六のとき担任だった先生が校長になったらしいとか、星座は覚えてないけど、体験学習は覚えてて、なんか皿焼いたのを実家で発見したとか、たあいもない会話だった。 「それだけ、ですよ」 「それだけっていっても、いくみんの場合はそれだけで、すごいことじゃない?」 たしかに。 「いつの間にか家に着いてて。一対一でも、()を意識しないで過ごせた、珍しい体験でした」 同じクラスになったことはなくても、小・中と学校は同じだったから、顔と名前は知っていて。実家も近所だし。まったくの初対面ではなかったからかな。リトルリーグでピッチャーやってて、友達多くて、誰にでも気さくな印象があって。 〝桐野(きりの)さん、家近いでしょ。まだ乗れるから、送るよ〟 フツーに友達みたいに声をかけてくれて。変わらず気さくな人だった。
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