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花火の当日は、かわっちのところに集合して、二人の着替えと支度を手伝った。私も、髪飾りをつけてもらう。
「うん」
「かわいい~」
しいちゃんは何度も肯いて、かわっちは笑顔でOKマークを送ってくれた。
「しいちゃんも、かわっちも、最高です」
ヒマワリの黄色がビビットな浴衣は、しいちゃんのためにあるようだし、薄いピンク地に白い花柄の浴衣は、かわっちが着るしかないものと思える。観客Aのやりがいもあろうというものだ。
地下鉄の駅を出ると、あたりを見回したしいちゃんが、通りをはさんだ向かいのコンビニに手を上げた。知り合いがいたのかな。
「って」
えええ?!信号を渡ってくる三人組の、真ん中に――。
「あたし中学同じクラスだったし。二三人たどったらすぐ酒井に連絡ついたよ」
「さっすがしいちゃん。よかったね、いくみん!って固まってる」
「ほら、深呼吸して。友達二人はあたしらが引き受けるから」
「いえ、その、っ、え、っと」
「ねえ郁美。話した中身が特別じゃなくてもさ。フツーに話せたことが、トクベツじゃん。超レアキャラとの出会いを、思い出に終わらせちゃうのは惜しいでしょ」
「え、でも、こっ、これ」
こんなの、私が主役みたいじゃないですか、と叫んで逃げ出したかった。なのに、
「いくみんの性格が脇役ぽくても、いくみんの恋はいくみんが主役に決まってるよ~」
あとずさりかけた私の腕はすでに、しいちゃんとかわっちに両側から捕まえられている。
「ムムム、ムリです」
心臓がばくばくして飛び出しそう、いや確実に飛び出します。
「久しぶり」
逃げられないまま、酒井くんの声が降ってきた。
「ホント、久しぶり~」
しいちゃんが明るく返す。
「桐野さんも、久しぶり」
と挨拶されたからには、無視など失礼なことはできないので、観念してそうっと顔を上げた。目が合って、酒井くんが気さくに笑う。
「・・・お久しぶりです」
頭を下げて、首を傾げた。あれ。
「成人式以来?」
「ですね」
「人多いね」
「花火ですもんね」
しゃべれる。しゃべれます、と左右を見回して、しいちゃんたちの姿がなくなっていることに気が付いた。
「えええ」
置いてかれた?!
「屋台見に行くってよ。連絡とれるし、花火見るまでに合流できればいいんじゃない」
あ、そうか、と酒井くんに言われて肯く。
なんだか、すごい、と思った。すごい、フツーだ。
「桐野さん、成人式振袖着てた?」
「はい、親戚のお姉さんのを、お借りして」
あとについて歩き出しながら、考える。半年ぶりなのに。昨日も会った人みたい。笑顔を見たら、一瞬で一緒に星を眺めた夜に戻れた。
「やっぱり。そっちは見逃したから。今日は浴衣見れてよかった」
「今日は、花火を見にきたのでは」
「うん。花火もいいけどね」
私、あの夜も。小学校のとき、渡り廊下やグラウンドで見かけた笑顔と、全然変わらないなって、思ったんだ。すごいな。隔たった時間を消してくれる笑顔だな。
「花火も、いいですけど」
口をついた。通りの先の方に並んだ屋台が、夏の夕暮れに、茜色に染まり始めている。
「夏の星も、見たいです」
「いいね、行こうか」
一目で安心できる。
「夏の三角形、探そう」
「予習、していきます」
くり返しなぞっていた、半年前の冬の星空に、新しい思い出が重なる。
終
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