神隠しの子

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神隠しの子

 ある山間の小さな村にツタという子がおりました。  母親とは生まれて三年経つ頃に死に別れ、その一年後に新しい姉と母親がやってきました。たまに面倒をみてくれていた人でしたので、ツタは戸惑いながらも嫌がりはしませんでした。けれど新しい母親は嫁いできた途端、ツタに冷たくなったのです。三つ上の新しい姉も意地悪でした。祖母もいましたがもともと厳しい人でしたので、叱られてばかりです。  それでも父親だけは優しかったので、何も言わずに我慢しました。小さいツタの頼りは、たまに頭を撫でてくれる父親だけだったのです。  二年後、新しい母親が弟を産みました。祖母と父親は息子の誕生にたいそう喜びます。そうしてすべてが弟のものになりました。父親の優しさも祖母の関心も、弟と弟を大事にする姉に向いたのです。  寂しくて癇癪(かんしゃく)を起すツタは叱られ、冷たい母親は罰だと言ってツタを牛小屋に閉じ込めました。  意地悪な姉は遊びの輪からツタを締め出すので、遊び相手もいません。見えるところいれば何かと意地悪されるので、ツタは山へ通うようになりました。  ある日、いつものように一人で山をうろついてるとウサギを見つけました。驚いて逃げるウサギを追いかけます。草をかき分け、逃げたほうへ走って行くと小さな湧き水のほとりに出ました。ウサギは見失いましたが、走って喉が乾いたツタは岩肌を流れ落ちる水を両手で受けて飲みました。 「お前、どこの奴だ? 一人か?」  突然の声に顔を上げると見たことのない男の子がいました。 「あっちからきた。一人だよ」  来た方を指差して教えたツタを見て男の子は眉をひそめます。 「お前いくつだよ? 小さいのに一人じゃ危ねぇだろ。一人で山に来ちゃだめだ」 「…………だって、……いじわるされる。それに六つだからへいきだよ」 「……そうか」 「ねぇ、あそぼ」 「え、うん、そうだな」 「……えへへ」  とても嬉しそうに笑うツタに、男の子は優しく笑いかけました。  コナラと名乗った男の子とツタは草笛を吹いたり、草の実を投げ合ったりして楽しく遊びましたが、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。まだ明るい夕方、男の子はツタに帰るように言い、村が見える山の際まで送ってくれました。けれどもっと遊びたいツタはコナラの袂を掴んで離しません。 「もっとあそぶ」 「明るいうちに家に帰るんだ。危ないだろ」 「……またあそんでくれる?」 「うん。だから明るいうちに帰りな」 「またね! また明日!」 「また明日」  コナラは袂をひっぱるツタの頭を撫でて、返事をしました。  こんな嬉しいことはいつぶりでしょう。嬉しさに頬を染めたツタは元気に手を振り家へ帰って行きました。  家にいるあいだも、コナラを思い出せば悲しい気持ちをやり過ごせます。ツタは毎日山へ行き、コナラと遊びました。会えないこともたまにありましたが、その次に会ったときには決まってツタの好きな遊びをしてくれます。  コナラと2人でいるときだけ、ツタは笑っていられました。  ツタが七つの夏の夜、閉じ込められた牛小屋の板の隙間から、空を眺めておりました。月明かりの中、カエルが騒がしく鳴いています。  なんで私だけここにいるのかな。  それは、……いらない子だから。  ふとそう思いました。いいえ、ずっと思っていました。悲し過ぎて知らないふりをしていただけなのです。  なんだかとても息苦しくなったツタは、牛小屋の戸をでたらめにガタガタ揺らしました。カタンという軽い音が外から聞こえ、戸がつっかえながら開きました。心張り棒が外れたのです。  そのまま外へ飛び出して、通い慣れた山へかけていきます。白く光る明るい満月が足下を照らしてくれました。  いなくなってしまいたい。さびしい、かなしい。  涙で濡れた目は星を映してキラキラ輝きます。  無我夢中で走って山の中へ分け入り、しばらくして暗さに気づきました。木々の隙間から見える月明かりはわずかで、ツタまで届きません。いつもの山なのにどこにいるかもわからず、急に恐ろしくなりました。闇雲に走って何かにつまづいて転び、藁草履(わらぞうり)が片方脱げましたが探すこともできません。震える足で立ち上がり、少し歩いて泣き声を上げました。  こわい、たすけてコナラ! たすけて!  ***  朝になり、ツタを呼びにきた姉が開け放たれた戸に気づきました。姉は母親を呼び、母親は父親を呼びました。外聞が悪いからと祖母が言って、家族だけでツタの行きそうな場所を探しましたが見つかりません。腹が減ったら帰ってくるだろうと待ちましたが帰らず夕方になり、とうとう村人へ相談しました。  何人もの村人たちが山を探しまわり、ツタの藁草履(わらぞうり)をみつけました。片方だけを残してどこかへ行くなんて考えられません。山の中ほどに住んでいる炭焼きの家もたずねましたが、知らないと言われました。  次の日もその次の日も戻らないツタは、神隠しにあったのだということになりました。  ツタが冷たくされていたのは村人も知っていましたので、継子いじめが過ぎて連れていかれたのだとヒソヒソ噂され、残されたツタの家族はたいそう肩身の狭い思いをしたそうです。  神隠しだと家族が諦めたあとも炭焼きの息子であるコナラだけは探し続けましたが、小さなツタはついぞ見つけられませんでした。
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