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東京土産
「久しぶりだな。こっちでお前と会うの、変な感じだわ。で、どーよ」
久しぶりも久しぶり。コロナ騒動のせいで、ほぼ一年振りの再会やった。やったけど──。
後半はほぼずっとLINEでやりとりしてたから気づかんかったけど、恋人、圭人の喋り方がすっかり東京のもんになってたことに何より衝撃を受けた。
「はあ? どうもこうもあるかい! なんやそれ、その、喋り方! おま、お前! 絶対東京には魂売らへん言うてたのに!! ま、まさか!うどんの出汁まで黒なってもうたんか?」
圭人は前見たときよりよっぽど垢抜けてて、俺の知らんとこで、俺好みのええ男になってたのがまた腹立たしい。
「なんで久々に会っていきなり、うどん出汁で言いがかりつけられてんの? 俺は」
不機嫌そうにしかめられた、そんでも綺麗に整えられた眉毛に息が苦しくなる。
会いに行くって言ったとき、まあ、くるなら来たら? みたいな感じで、全然嬉しそうやなかった。
家まで行くって言う俺に、迎えに行くからって強く言ったんは、やっぱり、そういうことなんか?
「───食ったんか、黒い、うどん」
「いや、そりゃまあ、学食のも、近所のもそうだからな」
「絶対……、絶対、黒いうどんなんか食われへん言うてたのに……」
「いや、だから何なんだよ」
俺は東京に魂売らへんからな。
日和ったりせん。関西弁つらぬくて決めてるんや。
黒いうどんなんか食えるか。映え? 何やそれ。
出てきた飯はさっさと食え!
絶対、浮気なんかせんから。
バイトして、金貯めて毎月帰るし、合間で電話するから。
だから、四年、待っててくれ───。
「なあなあ、これって圭人くんやない?」
可奈ちゃんに見せられたのは、何や小洒落た料理が映った、いわゆるSNSの画面やった。
「ないない、圭人そんなん嫌いやもん。LINEかて、無理矢理入れさせたくらいやのに」
「そーかなー。けど、ほら、繋がってる人の方に映ってるこれ、ほら、圭人くんやろ」
「……いや、ちゃうやろ。圭人……そんなシャレたニイチャンちゃうし。眼鏡が本体みたいな奴やで?本体外したら、それもう圭人ちゃうわ」
「まあ、それもそーか」
可奈ちゃんは俺の言葉に納得したみたいにスイーツの話をし始めたけど、映ってたのは確かに圭人やった。
いくら離れてたかて、すっかりオシャレになってたかて、三年付き合った恋人を見間違うわけなくて。
例え可愛い女の子の肩を抱いてたかて、それは、間違いなく──圭人やった。
「つまみ食い、美味かったか?」
「は? 何? ああ、腹減ってんのか。飯行こう。俺も腹減ってんだ」
「それとも、そっちがメインディッシュなんか?」
「は? な……」
「俺がどんだけ頼んでも、コンタクトにしてくれへんかったくせに!!……許さへんからな!! 俺の処女奪っといて! 俺のケツ穴を柔軟な子にしといて! 俺の、俺の人生に、それこそねじ込んできたくせに!!」
「ばっ、バカか、お前!」
周りを見回し、俺の口を塞いでくる圭人の手を爪たててはがす。
「女になんか走りやがって! 絶対に許さへんからなあ!!! 俺かて浮気したるからなあ!」
ペシリとほっぺたを叩かれた。
目の前が、滲む。
あー、最後かもしれんから、見納めやから、ちゃんと目に焼き付けなと、思てたのに。
けどもう、俺が浮気したとこで、なんとも思わんのやろな。
「あーあ。ダッサ……。はは。許したる。別れたげるよ。売国奴なんか、こっちから願い下げや……」
涙で、なんも見えへんわ。
まあ、けど、もう、ええか。
見えんくても。
好きだったダサい眉毛の形も、
分厚い眼鏡も、
オカンが適当に切った、ボサボサの頭も。
もう、ないんやから。
俺の圭人は、もう、おらへんのやから……。
「?!」
何が起こったか、わからんかった。
涙で前が見えんかったせいもあるし、突然やったから、脳が処理しきれんかったせいもあったと思う。
「うーわ、あれ男同士じゃね?」
「うわ、ホモのキスじゃん、やべー」
そんな野次馬の声に、自分が圭人にチューされて抱き締められたんやと理解した。
「やかましわ! 邪魔すんな! いてまうぞ!!」
頭の上から聞こえるのは、確かに圭人の声で。
「おい、ひろむ、浮気するとか、次言うたら冗談でも許さへんからな。……つい、叩いてた。ごめん」
「な、んで? 女の子とできてたんと、ちゃうの?」
「いや、俺真性のゲイや言うたやろ。ありえるか」
「俺が来るん、嫌そうやったやん」
「嫌なわけあるか。けど、お前体丈夫やないやろ。今の時期、なんぼコロナおさまってきてたかて、心配やん。迎えに行ってやりたかったけど、バイト急には休まれへんかったし」
「でも……圭人、変わってもうたやんっ」
「それはおまえが!……お前の好きな男、こんな感じのタイプやろが! せやから俺っ! 今日気合い入れてええカッコしたのに、お前なんや嫌そうやし、別れるとかいうし! コンタクト痛いし! こっちが泣きそうや」
俳優見て確かにキャッキャはしたけど、せやけど……。ほんまに?
「うーわ、どこのウカレが往来で修羅場ってんのかと思ったら圭人だー。ウケるわー」
そんな声が近づいてきた方を見たら、ノッポとチビの同世代のニイチャンで、確かに周囲の視線がすごい痛いって、ちょっと冷静になった。
「あ。この子? 例の可愛い彼氏」
「……かわ、いい?」
俺の、こと?
え、彼氏おるって、友達に説明してるん?
しかも、可愛い、彼氏、て?
ノッポに覗き込まれるんを圭人が腕で隠して、ニイチャンらを手で追い払おうとしてる。
「うるせーうるせー、散れよ、お前ら! こっちくんな」
「とって食わないって。カレピッぴ紹介してよーケイちゃーん」
「圭人ほーんと彼氏のこと好きでさ、飲んでもいっつも君のことばっかで」
俺のこと、そんなに想ってくれてたん?
もう俺のことなんて、どっちでもよくなったんかとおもてたのに……。
チビの言葉に、なんやちょっと泣きそうになる。
圭人の顔を見上げたら、圭人も俺を見つめてて、そしたらやっと一年の空白が埋まった気が───
「こないだもヒロムーヒロムー言いながら、何回も俺ん中でイッてさあ……。あっ」
「おいっ」
「……ッ」
「……は?」
オレンナカデイッテ?
は?
外人?何?
「いや。違う、違うからヒロム」
は?
ナンカイモ……
何回も俺ん中でイッ……て?
「はあぁ??……ふざけんなよ…。許さへん…絶対、絶対! 絶対許さへんからなあーーーー!!」
可奈ちゃんへの東京土産が、そんなオチと俺のコブシの内出血だったんはほんまに申し訳なかったけれども。
まあ、可奈ちゃん優しいから、頭撫でてくれたわ。
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