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警視庁のロビーに駆け込み、受付だと思われるカウンターに座る男性警察官に声をかけた時、一応家を出るときに整えたはずの髪はすでにぼさぼさだった。
久しぶりに着たパンツスーツの着心地が悪く、首元が気になってつい襟を触ってしまう。
背中に背負ったリュックにはもはや何が入っているのか自分でも分からない。
いつの仕事で使っていたiPadさえあればなんとかなると、特に中身も確認せずにいえをとびだしてきてしまった。
「公安総務課に行きたいのですが……」
公安と聞いた彼は怪訝な顔をした。
「お約束でしょうか?」
「今日から公安12課で勤務することになっている上泉穂香です」
すると彼の表情が一気に緩んだ。
ただし、歓迎するような雰囲気ではなく、なんだか気の毒そうである。
彼はネームカードとともにVISTORと書かれたIDを手渡した。
「14階です。たった今同じところに向かう方にもIDを渡しましたので、彼についていくとわかりやすいと思います」
そう言って彼は、エレベーターの前で待つ男性を指さした。
彼はIDをかざしてゲートを通り、エレベーターホールに向かって歩いて行った。
見失ったら終わりだ。
「ありがとうございます」
パンプスの音をカンカンと響かせ、肩から落ちそうなリュックサックを背負いなおしつつ、ゲートにIDをかざすだけでいいはずが、勢い余って叩きつけてしまう。
パシンッと音が鳴った時に、ゲートで警備をしていた警官が私に視線を向けるのを感じたが、苦笑いをしてごまかした。
そんなことをしている間にエレベーターの扉が開き、その男性が乗り込む。
「乗ります!!」
すでに閉まりかけていたエレベーターに駆け込み、ドアを押さえてくれた彼に軽く会釈をした。
彼も会釈を返してくれたのだが、どこか不思議そうな顔をしている。
どこかで会っただろうか。
「もしかして、穂香?」
「そうですけど……」
すると、彼はぱっと顔を輝かせた。
どこかで見た覚えが……。
その瞬間、子どものような笑顔が大学時代の思い出と重なった。
「真斗くん?」
「そう!久しぶりだね」
明智大学の新聞学科の授業で一緒になった大塚真斗は、卒業してからほとんど連絡を取っていなかった。
在学中はランチに行ったり、テスト勉強を一緒にしたりして親しくしていたが、彼はイギリスの大学院に留学することになり、私は卒業。
そこから疎遠になってしまっていた。
「元気だった?ここで働いてるの?」
「いや、フリーでライターをやってるんだ。穂香は?警察官になったの?」
「いや、違うの。本当は外務省勤務なんだ」
大学卒業後、私は念願の外務省に就職したのだが、外交官として領事館に派遣されるのではなく、国連職員に近いような業務を任されていた。
世界中のミュータントに関する情報を集め、日本の情報も共有する。
比較的新しく設置された部署で、なぜ外務省管轄になったのかはわからない。
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