ー1一

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「すごいね。もう友達ができたの?」 「外務省で習ったの。異文化の中で友達を作る方法」 エレベーターロビーを進み、ほぼ全員が上階を目指す中、私たちは今日から地下で勤務だ。 「新しいオフィス、どんな感じなんだろうね」 「そんなに期待しない方がいいと思うけどな」 真斗はなぜか消極的だ。 「どうしたの?新しいオフィスだよ?」 「新しいって言ったって、地下3階だよ?駐車場より下にある太陽光の入らないオフィスに期待なんてできないって」 たしかに。 大きな窓は想像から削除した。 とは言ってもだ。 「国連まで絡んでる12課が、そんなダサいオフィスに入れられるわけないじゃん」 真斗が口の端を上げた。 腕を組んで得意げに私を見下ろしてくる。 180cmあるからって、私を見下ろしていいわけじゃない。 真斗に他意があるのかはわからないが、こうされると絶対に負けたくなくなる。 「そこまで言うなら懸ける?負けたら今日のランチはおごり」 「決まりね。絶対おしゃれオフィスだから」 「この国にそんな税金があるとは思えないけどね」 エレベーターに乗り込み、ボタンを押そうとして私は困惑した。 地下3階のボタンがない。 「あれ?間違えたかな」 「違うんだよ。地下2階で降りてそっから階段」 「ウソでしょ?」 大塚が高らかに笑い声をあげた。 「40年前のミュータント事変の時に地下3階にシェルターができたんだ。僕らのオフィスはそこに即席で作られたんだよ。」 「何それ、知ってたの?」 「ジャーナリストですから」 ジャーナリスト相手に変な賭けをしてしまったことを即座に後悔した。 彼は腕組みしたまままだ私を見下ろしてくる。 私は真斗をにらみつけながら地下2階のボタンを乱暴に叩いた。 「今日は麺の気分だな」 「卑怯者」 口をとがらせる私に彼は勝ち誇ったようなにやけ顔を向けるだけだ。 地下2階に到着し、エレベーターを降りる。 駐車場の空気はひんやりと冷たく、そして排気ガスのにおいが充満している。 コンクリートがむき出しの駐車場を少し進み、照明すら十分ではない暗がりの中にポツンとあるドアの前に立った。 今時珍しい、古い飲食店の裏口のような丸いドアノブが付いている。 黒く煤けたような色をしている鉄のドアの脇に、四角いIDカードタッチパネルが付いてる。 最近つけばかりなのか、ここだけが最新だった。 エアコンの排気口から出てくる生暖かくて埃っぽい風が、せっかく朝気合を入れてセットした髪を台無しにしてくれた。 「ほんとにこれなの?」 大塚は私の目を見たままIDをかざす。 ピピっと音がして青く光り、ガチャンと鍵が開いてドアが私たちに向かって開いた。 「間違いなさそうだよ」 「少なくとも自動ドアですけど」 「ロックが外れて勝手に開いたのは、単に建付けが悪いだけじゃないかと思いますけどね」 今日の財布の中身を頭の中で思い返す。 いくら入れてたっけかなぁ。
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