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西洋風の建築物は大学の象徴であるほか、映画やドラマでもたびたび使用されるだけあってなかなか雰囲気がある。
モザイク柄の床、等間隔に並ぶ大きな木製のドア。
明治時代の洋館のような大きな窓からこぼれる日差しが、少し色が入ったガラスの色で柔らかく見える。
オープンキャンパスに来たときは、なんて素敵な建物なんだと思ったが、実際に入学してみるとそんなことどうでもよくなった。
廊下の突き当りに置かれた大きな機械時計の前で制服姿の高校生たちが記念撮影をしているのが見え、私は内心うなり声をあげた。
時計は10時53分を指している。
講義開始まであと2分しかない。
高校生たちを半ば押しのけ、学生で混雑する狭くて暗い階段を駆け上り、講義室に滑り込んだ。
息を切らしながら教室を見渡し、先に座席に座っているはずのミキを探す。
私の祈りが通じたのか、ミキがタイミングよく振り返り、私を見つけ、大きく手を振った。
隣の席にカバンを載せて確保してくれている。
「あら上泉穂香さん。今日も時間ぴったりですね。ご機嫌いかがですか?」
私の頭の中では「栄光の架橋」が鳴り響いている。
せっかく世界陸上並みの走りを見せてチャイムに間に合った自分に大きく感動しているのに、にやにやしているミキの嫌味に素直に謝る気はない。
なんなら私がどんな思いでここに来たのか、今すぐ最初から話して差し上げたいくらいだ。
リュックを下して座席に座り、前の授業で物を押し込んだがためにグシャグシャになった中から何とか筆箱を探しだした。
「1限が少し伸びたの。90分の大スピーチ、中身は覚えてないから聞かないで」
「国際関係史?」
「そう」
ショートカットに金髪で、ピンクのメッシュが入っている麻生ミキは一見派手だが、私が知る中で一番知的な友人だ。
4か国語を話し、1年生の時には主席。
家族の話をあまりしないが、六本木のマンションで一人暮らしをしている時点で明らかにやんごとなきお方なのに、全く気取った雰囲気がなく、行動力が抜群に高い秀才だ。
それでいて突飛な行動で周囲を驚かせるような面白い女の子でもある。
大学で探すのは運命的な恋人との出会いではなく、真面目で頭のいい友だ。
将来何をするかは決めてないと彼女は言うが、個人的には総理大臣になってほしい。
「それで?何分起きてたの?」
「開始15分までのノートは割とマシに書いてある」
ミキがくすっと笑う。
「学史上最長記録なんじゃない?さすがはサムライ」
私は目を細めて首を横に振った。
もう。やめてよ。
ミキが私をサムライと呼ぶのは、私の苗字がかつての剣豪と同じ上泉であること、そして実際に私が剣道4段所有者だからだ。
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