序章

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―2― ホテルのレストランホールスタッフのアルバイトを終えてバックヤードから出たのは午後11:30過ぎだった。いつまでも職場にいるのが嫌だったのに加え、夜風が涼しそうだったので、ミキには外で待ってるといったのだが、まだ残暑が厳しい。 まだかなぁ。 もしかしたら連絡が来ているかもしれない。 リュックの中から携帯を探そうと中身を探るが、荷物を多く持ちすぎる上に雑に入れるから、財布とカギと携帯がいつも見つからない。 ブツブツと悪態をつきながら探していると、昼間拾ったチラシが指に当たった。 『読んでみると面白いかもしれませんよ』 昼間の講義の記憶が頭の中に浮かぶ。     ミュータント特別法の廃止を!! ミュータント特別法はミュータント事変の直後に制定されました。 その内容は人権を全く無視するもので、ミュータントを発見した場合、緊急時は身を守るための攻撃を認めること、また、民間警備の銃の携帯を認め、緊急時の発砲においてはその生命の責任を負わないとしました。 出生時に申請がなされておらず、ミュータントであることを隠して生活していることが分かった場合にはすべての所有財産を没収されたうえで逮捕、終身刑となります。   ミュータントに生まれたというだけで基本的人権が認めらないのは許されることではありません。 今すぐミュータント特別法の廃止をする必要があります。   ミュータント事変のことについては歴史で習ったが、学校にも近所にもミュータントがいたことはない。 存在を実感することができないような人たちの心配をする人間は少ないし、今はそれ以上に心配するべきことがたくさんある。   物価の上昇、環境問題の深刻化、自然災害の脅威。 彼らの人権を求める動きで目立つものがないのは、すでにミュータントたちは滅びたと誰もが思っているからだ。せいぜい、ボランティア好きの学生が署名運動をしているくらいである。 なんにせよ今1番の問題は、終電が迫っているのにミキが姿を見せないことだ。 いい加減電話をかけようかと思い始めた頃になって、やっとミキが現れた。 「ごめんごめん。お待たせ」 手に持っていたビラをバッグに押し込み、携帯を掘り起こしてカバンを背負いなおす。   「何やってんの。早く帰ろ」 ミキがわざとらしく目を丸くする。 「帰る?」 「そうだよ。帰るよ。終電なくなっちゃうもん」 嫌な予感がする。 「何言ってんの、今日金曜日だよ。飲んで帰ろうよ」 「帰れなくなるって」 汗まみれのままの服で2日過ごすのはゴメンだ。 今日は初日で疲れたし、正直家に帰ってさっさと寝たい。 「うちに泊まっていけばいいじゃん」 「着替え無いし」 「うち乾燥機あるよ」 私はため息をつきながらも降参した。 ミキはすでにミッドタウンに向かって私の手を引いて歩き始めている。 こうなったらもうどうにもならない。 ミキは人の話を聞かない。 どうせ飲みに行くならわざわざ外に出なくてもよかったのに、まだ暑さが残る外で若干待たされたことに少しイラつく。 どこかおいしい店があったかなと記憶をたどる間もなく、ミキが振り向いて言った。 「ミッドタウンでいいよね」 「例のビストロですか」 以前行ったイタリアンバーが頭に中に浮かんだ。 豪華な店ではないが、軽く食べるにはたしかにちょうどよかった気がする。 「深夜3時まで営業なんてほんと素晴らしいと思う」 「もう顔覚えられてるんじゃないの?」
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