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序章
―1―
エレベーターのドアが開くなり、私は髪を振り乱してダッシュした。
パンパンのリュックサックを右肩にかけ、左手には今終わったばかりの講義で配布された資料と時間割のドラフト。
サザエさんの歌を現代版にしたら、今の私がぴったりだと思う。
肩からずり落ちそうなリュックを背負いなおし、時間割を見て次の教室を確認する。
ウソでしょ、1号館?
メインストリートを挟んで向かいの建物なので遠くはないのだが、創立150年を超える明智大学創立当時からある最も古い建物であるがゆえに暗く、狭い。
パンフレットにも載るような、ある意味観光スポット化している建物なので、高校生の見学者がいると余計に混むのだ。
今日は夏季休業が明けた後期1日目。
12号館のロビーは、授業の合間で移動をする学生や教授でごった返していた。
目の前でカップルが手をつなぎ、ゆっくりと揺らしながら歩いている。
時々愛おしそうに見つめあう視線はアイスクリームより甘い。
すでに10月とは思えないほどの残暑で2人とも溶けてなくなってしまえばいいと思う。
この人込みで手をつないで歩くなんて、犯罪だ。
何とか抜かそうとするが、右側からも左側からも人がやってくる。
結果として小刻みにステップを踏むような形になり、なんだか1人でバタついているのが恥ずかしい。
そもそも、1時間目の教授が長々と話過ぎて授業が延びた結果、私が人の波にもまれている。
何とかして脇から抜けようと一歩踏み出したとき、前から来た男子学生のグループの1人とぶつかってしまい、左手に持っていた紙が宙に舞った。
あっ、と振り返るも、後ろからも人の波がやってくる。
戻る時間もない。
視界の隅で誰かが私の紙を拾うのが見えた。
時間割には私の学生番号も学部名も書いてある。
まぁ、いいや。
世界にとって私は大して重要な人間ではない。
最悪印刷ポイントを不正利用されるくらいだろう。
スキニージーンズのバックポケットに入れたiPhoneの無事を確認し、落とした紙は諦め、一瞬できた人の群れの切れ目を縫って12号館から抜け出した。
しかし、メインストリートにはそれ以上に人がいる。
「ミュータント特別法の廃止署名を行ってます!」
目の前に差し出されたチラシを軽く会釈をして断ったが、次の学生が再び差し出してきたので仕方なく受け取った。
この大学の学生は、慈善活動が好きだ。
昔はやったのであろう超能力者のキャラクターが描かれているTシャツをお揃いで着ている。
特殊能力を持つもの、ミュータントのグッズの販売は規制されたはずだが、それでもどこからか探し出してきて着てるのだろう。
あまり過激になると大学側から活動の停止を命じられると思うのだが、どこまで行けるのかギリギリを攻めるスリルを味わっているだけなんじゃないかと思うこともある。
チラシを受け散ったんだからどいてくれ、と心の中で叫びながら人ごみをかき分けてメインストリートを抜け、1号館に駆け込んだ。
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