後悔という言葉では足りない

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 だいぶ賑やかになった帰りの車内で、カズトは変わらず強張った面持ちで助手席に座っていた。 「だからなんも起こんないって言ったじゃん!マユすげーびびっててウケた~」  バックミラーで後部座席をちらりと見て、シュンが笑いながらからかうと、運転席にかみつくようにしてマユが言いかえした。 「なによ!シュンだってびびってたじゃん!『あの木の陰になんかいる!』って私を盾にしてたのはどこの誰?」 「はあ?あれはマユを怖がらせるための演技だっつーの。そもそも俺は心霊スポットなんて最初から信じてねーし。マユが『絶対に出るヤバイ場所がある』って言うから面白半分で来てやったんだ」  小馬鹿にするように反論するが、表情のぎこちなさからしてどう見ても強がっている。行きの車内で口数が少なくなっていたのはシュンも同じだ。  シュンの言い訳を無視して、マユはがっかりした様子でシートに背中を預けた。 「あの神社はまじでヤバイってネットで話題だったんだよ?同じゼミの子だって、境内に入った瞬間冷や汗と動悸が止まらなかったって言ってたもん」 「あんだけ階段のぼったらそりゃ汗もかくし息も切れるだろ。実際タクミはゼーハー言ってて怖がるどころじゃなかったもんな?」 「帰りにまたあの量の段差を降りなきゃいけないって考えると、そっちのほうが怖くてたまらなかったね」  大柄な身体を汗でしっとりさせながら、タクミはぼそりと呟いた。この車内の蒸し具合は、夏の夜のせいだけじゃないらしい。 「シュンはびびってるしタクミは息上がって使い物にならないし、頼りになったのはカズトだけだよ」  だからびびってねえって!と言いかえすシュンの声にまじって、俺は「あはは…」と曖昧な笑いを返した。  夏だしみんなで肝試しに行こう!と言いだしたのはいつも通りマユだった。同じ学科で仲がいい俺たちはしょっちゅう一緒に遊んでいたが、毎回マユがその音頭をとり、シュンがそれに乗っかるという流れだ。しかし二人はノリと勢いだけなので、細かな予約や手配は俺かタクミの担当だ。今乗ってる車だって、タクミがレンタルしてくれたものだし、行きは俺が運転した。シュンは、物怖じしないタクミに後部座席でくっつきながらガチガチになっていただけで、免許を持っていないマユは良いにしても、お前も少しは働け、と帰りの運転はシュンに任せた。  長い長い階段の上にあった噂の神社は、夜ということもあって雰囲気をビシビシ醸し出してはいたものの、なんの変哲もないさびれた普通の神社だった。懐中電灯を手に境内をぐるりとまわり、本殿の裏手のほうまで覗きに行ったが結局何も起こらず、拍子抜けして帰ってきたのだった。 「てかさー、カズトもカズトだよ。4人固まっておそるおそる探索してんのにさ、急に『ちょっとそこらへんでトイレしてくる!』なんて、雰囲気ぶち壊しだっつの」 『そうよ!なかなか戻ってこないし…。このポンコツたちと残されるわたしの身にもなってよね』 またやいやい言い合うシュンとマユをよそに、ボソッとこぼした俺の声は車内の誰にも届いていないようだった。 「4人…」  車は夜の山道をくだっていく。月もでていない今夜はヘッドライトと反射するガードレールの白さだけが頼りだ。膝の上で祈るように組んだ手は、力を入れすぎて指先から色が無くなっていた。 「てかさあ、カズト腹でもいてーの?さっきから全然喋んないじゃん」 「確かに。わたし薬もってるよ?水なしでも飲めるやつ」 「酔ったとか?具合悪いならぜんぜんシート倒していいぞ」  みんな口々に心配してくれるけど、優しくされればされるほど苦しさが増す。本当に誰もこの状況に気づいていないのか?なんで何も言ってくれないんだ。  だんまりを通すわけにもいかず、俺は震える声を絞り出した。 「シュンは、さ。チアキと順調?」 「え(笑)なに急に。順調…だと思うよ?」  うわ~のろけウザ(笑)とすかさずマユが茶化す。うるせ!とシュンは照れているのか運転しながらもぞもぞと座り直した。 「んで?それがどうしたよ」 「俺、シュンに言わなきゃいけないことがある」 え、なになに?いきなりカミングアウト?と後部座席からわくわくした様子で身を乗り出すマユ。そんな楽しい話じゃないんだ。 「お前らが付き合うずっと前から、俺チアキのこと好きだったんだ」  車内の空気がグッと重くなる。 「チアキと俺でたまに飲みに行ったりしてたからさ、もしかしてチャンスあるかも、なんて思ってたら、2人が付き合って…。ほんとにびっくりしてさ。受け入れられなくて、チアキに言ったんだ。言い寄られてなんとなく付き合ってるだけなんだろ?って。そしたら…」  その時のチアキの顔は忘れられない。心底呆れた、見下したような顔で。 (わかったような口きかないでくれる?あたしは前からシュンが好きだったの!あんたとシュンが仲良いから、外堀から埋めていこうと思って飲みに誘ったりしてたけど、まさかシュンの方から告ってくれるなんてね。あんたといても間が持たないし話つまんなくて限界だったからラッキーだったわ。当然、もうあんたと飲みになんて行かないから。あと、シュンになんか余計なこと言ったら許さないからね)  そう言い捨ててチアキは去っていった。シュンはきっと俺かチアキだったらチアキを取るだろう。もしこのグループから外されたら、俺は残りの大学生活をどう過ごせばいいのか…。  心底納得できなかったけど、どうすることもできずにいつも通り振る舞うしかなかった。でも2人が楽しそうにしているところを見るたびに、やり場のない怒りがどんどん積もっていって…。 「次第に俺は、チアキに嫌がらせするようになった」 「え…。チアキが相談してきたあれ、カズトが犯人だったんだ…」  マユが呟く。シュンは前だけを見つめて何も言わない。  夜中に何度も非通知で無言電話をかけた。郵便受けを荒らした。チアキの部屋を外から写真に撮って、大学の掲示板にいくつも貼った。チアキは俺の仕業だって気づいてたけど、そのうちなくなると思ったのか何も言ってこなかった。 「そしたらさ、さっき、チアキに呼び出されたんだよ。タイミング見計らって二人になろうって」  俺の思いが通じてシュン別れてくれるのか、今までの行いを反省して謝ってくれるのか、とにかく俺にとって嬉しい話に違いない。みんなにバレないように、トイレに行くふりして神社の裏手にまわったら、案の定チアキが遅れてやってきた。そしたら、あの女…。 (あのさあ、最近の私への嫌がらせ、あんたでしょ?もういい加減にしてくれない?いつまでもみみっちいことやって…マジでキモすぎ)  信じられなかった。あいつはぜんぜん反省なんかしていなかった。俺を利用しようとして、弄んで、それなのにまるで俺が悪いかのような言い草。手がじっとり汗ばんで、怒りのあまり震えていた。 (シュンの友達だし今まで黙ってやってたけど、もう我慢の限界。あんたのやったこと全部言うから。もう金輪際わたしたちに関わらないで)  気づいたら俺は、チアキを崖から突き落としていた。彼女は突然のことで叫ぶ間もなく暗闇に飲まれた。じっと耳をすましても物音が聞こえないのを確認してから、みんなのところに戻った。もしみんなにチアキが戻ってこないことを聞かれても、しらばっくれればいいと思った。 「なにを、言ってるんだ…?」 絞り出すようにうめくタクミを無視して、俺は続ける。 「そしたら、みんな、チアキのことなんか気にしてなくて、いつまでたっても戻ってこないのに、誰も何も言わなくて!俺はチアキがなんて言って抜け出したのか分かんなかったし、みんながなんとも思ってないならいいやって普通にしてたけどさ!シュンが…」  何もなかったし、もう帰るか〜って言い出したのはシュンだった。俺は驚いて、チアキを待たなくていいのかって聞いたら、 (ん?チアキ…?なーに言ってんだよカズト〜)  ふざけてんのか、みんなで口裏合わせて俺を驚かそうとしてんのか、最初は疑ったけど、ほんとに知らないみたいで。あんまりしつこく聞いても変だと思われるし、殺したことがバレたら俺だってやばいから、何も言わずに車に乗ったけど…。 「やっぱ、おかしいよ!!みんなほんとにどうしたんだよ!来るときこの車には5人で乗ってたろ!!俺が運転して、マユが助手席で、後部座席でタクミにくっついて震えてるシュンをチアキがからかってたじゃん!」  みんなの顔を見渡しても、理解できない様子でポカンとしている。お前、本当に何を言ってるんだ…?とタクミにもう一度言われて、俺は頭がおかしくなりそうだった。真っ暗な夜道を走る車内はクーラーがきいているはずなのに、息苦しくてたまらない。 「カズト落ち着いてよ。わたしはこの4人で肝試ししようって声かけて、行きも帰りも4人だけだよ。その、チアキ?って子も、誰か知らないし…。同じ学科の子なの?」 「そうそう。そのチアキって女と俺が付き合ってるって言ってたけど、俺の彼女はバイト先の先輩だし、カズトにも会わせたことあったじゃん」  俺はたまらず頭を掻きむしった。神社から離れつつあるからか、どんどんみんなからチアキの記憶が無くなっていっている。何かチアキの存在を示す証拠が無いかと携帯を見るが、保存した写真からも、グループメールからも、チアキの存在だけがごっそりと抜け落ちている。なんで…と途方に暮れている俺を見て、この空気をどうにかしようと思ったのか、シュンが明るい声でおどけてみせた。 「あっ!もしかしてカズト、肝試しでなんもなかったからって作り話で俺らをビビらせようとしてるだろ!いや〜良く出来てるじゃん!一瞬信じかけたもんな」  な、な〜んだ!も〜演技うますぎ!まじ怖かったよ!とマユも同調し、タクミもほっと息を吐き出す。車内は先程の賑やかさを徐々に取り戻し、俺の「ちがうんだよ…」という囁きも届かなかった。もうこれ以上何も言えなくなって、窓側に寄りかかって外を眺める。  シュンと話しているチアキは、本当に可愛い顔をしていた。2人の幸せそうな雰囲気が一層憎らしかったが、好きな人と話しているチアキを見て、俺と飲んでいるときには見たことがなかった表情を知って、やっぱり自分じゃ駄目なこともわかっていた。あの表情を遠くから眺めるだけでも良かったじゃないか。たしかに彼女の発言は許せなかったけど、存在ごと消してしまうなんてあんまりだ。殺したっていつかはバレることはなんとなくわかっていたのに、俺がカッとなったせいで、チアキのことを覚えているのは俺だけになってしまった。この記憶だっていつまで残るのかわからない。家について、風呂に入って、寝て起きたらもうすっかり忘れてしまっているのかもしれない。  チアキが無くなってしまう。俺のせいで。殺すよりも残酷なことをしてしまった。裁かれず、罪悪感を抱くこともなく、彼女が存在してたことさえ忘れて、俺は続きの人生を生きていくんだ。  …彼女って誰だ?
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