真夏の私と彼の攻防戦

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真夏の私と彼の攻防戦

 古来より死者を悼み、彼らとの思い出を胸に生きている者たちの営みは、年が幾ら経っても色あせない。  そんな彼らの為に、年に一度だけあの世の扉が開かれ、死した霊たちが現世へと迎え入れられる。  生者と縁のある祖霊や故人の霊をあの世より迎え、一時を共に過ごし、最終日にはあの世にお帰り頂く儀式……それがお盆である。  元々は農耕民族である日本人たちの生活サイクルに合わせてご先祖様や故人を偲ぶための『おまつり』として古来より今へと伝えられてきたのだが、地域によっては行われている時期自体に若干の差はあるものの、大抵は8月13日に迎え盆を行って霊をお迎えし、2日間を家族と共に過ごした後、8月16日にあの世へと送り出す送り盆をもってお盆は終了する。                ※※※  今は日もすでにとっぷりと暮れ切った夜間。  駅前の広間は深夜帯も近いとあって、駅を煌々と照らす照明や街灯、暗闇の中で自分の存在を主張する自販機の光以外は人の姿やタクシーの姿も無い。  そこに一人の男が居た。 「誰にとっても必要な儀式とはいえ、ちょっと寂しくなるなあ」   腕を上に伸ばし、背筋を伸ばした中年の男、ライゴウが独り言ちる。  背はさほど高くなく中肉中背、スタイルは夏用のワイシャツと黒紺のスラックスというどこにでもいるおじさんである。 「こういうのもなんだけど、ちゃんと誰かを悼む事ができるのってすごい事なんだけどなあ……」  背筋を伸ばした反動で若干涙目になりながらも、首をこきこきと鳴らしながら彼はある一点を見据える。  駅を照らす光から切り離されたの街中を覆う闇の中、ぽつねんと立っている石碑の前に一人の女性らしき人形がじっと佇んでいた。                  ※※※   「………………。」 「………あのー。」   「………………。」 「………ええっとですね。」   「………………。」 「………………(気まずい)」             ライゴウは女性に話しかけたものの、女性の方はずっと俯いたままの状態から若干の反応を見せて男性の方を見たものの、そのまま沈黙を貫いていた。 「(まあ、どこかの見知らぬオッサンにいきなり声を掛けられたら普通は警戒するだろうけど、これは違うよなあ……。)」  見たところ20は越えた位の年齢だが、外見がまず女性らしさからかけ離れていた。  一言で言えばみすぼらしいというレベル以前の問題であった。  髪はぼさぼさで肌の状態もとても良くない。  目は虚ろで目元には深い隈が刻まれている。  しかも身に着けている衣装は夏場なのに長く着てよれよれの長袖のスウェットシャツと同じくよれたスウェットパンツ。  今は夏のピークを越えたのもあり、夜特有の涼しさがあるとはいえ、まだまだ暑気を纏う夏の夜である。  体に熱が籠って熱中症に陥り、無言の反応になるほど朦朧していても可笑しくない。  だけど、違和感がある。  ライゴウが先ほど駅前の広場の方に目を向けた時、その時点では彼女は「」。  なのに、瞬きをしたら彼女は「」のである。 「なあ、お嬢さん。もしかして……」  男は確信をもって言葉を紡いだ。 「お嬢さんはかい?」                  ※※※  お盆の時期に霊たちが現世へと迎え入れられるには条件がある。 1:現世へと渡っても期限が来たらあの世へとちゃんと帰還する「約束」が守れる事。 2:現世へと渡れる霊は、今も生者たちと所縁のある祖霊や故人の魂である事。 3:霊を現世に迎え入れる儀式=迎え盆を行って貰えているか。  だが、生前より目を向けてもらえず、声を掛けてももらえず、常に遠巻きにされる形で孤独の生を送り、そのまま死を迎えてしまう者たちは果たしてどうなるのだろうか。誰にも看取られずに孤独のまま死した者たちは。  例え簡易的な形であれ、あの世へと旅立てるように見送りの儀式を行ってもらえる者はとても幸せである。どのような形であれ導きを受け、あの世へ送り出してもらえるのだから。  しかし、大抵の孤独な死を迎えた者はその導きを与えられぬままこの世に取り残され、さ迷える魂となってしまう。  良くて自我の薄いままの地縛霊でいられても、あの世へと渡れぬままでいれば、地上に蔓延している業は霊を蝕み、よりひどい方向へと霊を向かわせてしまう。けれど、大抵の生者はそんな彼らには目をくれないだろう。  自分とは無縁の者であり、しかも自分に何かしらの厄介ごとをもたらすかもしれないものに手を差し伸べる事さえ二の足を踏むだろう。  そのため、迷える霊魂たちをあの世へと迎え入れるべく、お盆の時期になるとそれらの監視もかねて『ある使命』を負った使者たちが地上を訪れる。  現世へと渡れる条件を満たした死者たちはそのままあの世へ帰還していくので介入する必要は余程の事を除いてほとんどない。  あの世へと渡れない者たちを迎えに行き、導くのが使者たちの仕事である。  迎え盆の時期に合わせて現世を見回り、あの世への導きを受けていない死者たちをあの世へと導くのだが、彼らは現世の者と関わる以上、生者の生活習慣に合わせて行動をする。  ライゴウは外回りの会社員という役に扮し、現世で魂たちの監視行動を行っていたが、駅前の碑石の辺りに何かしらの淀んだ空気を感じ取り、現場を監視していたのである。 「ええ、私は既に死んでます。酷い肺炎にかかって誰にも助けを求められず、そのまま……」 「ああ、それは悪かった。辛い事を思い出させてしまって。」  「いえ、いいの。だって、私は生きてた頃からずっと一人で遠巻きにされてたから。悪い事をしてれば当然の報いだけど、私の場合は『考えてることが分からなくて気持ち悪い』んですって。」 「…………。」 「そうしたら、肺炎になって仕事を首になって……。」  女性の霊は、淀んだ昏い笑みを浮かべて自重する。 「それでもいいんですよ、どうせ私は誰にも看取られるだけの価値は無かったんだから」  そして、女性はライゴウへと向き直ると深く頭を下げた。 「だから、私をあの世へと連れて行って下さい。地獄でも構いませんから。」                ※※※  迎えに来た使者によってあの世へと向かった死者は、生前の所業の重さにより明らかになった業の清算を済ませる儀式に素直に参加する。  長い浄化の儀式が終わったらそのまま輪廻転生の輪に入ってそのままフェードアウトする。  だって、現世では生前から自分の所業の重さの有無に関わらず、自分以外の他者から目を向けてもらえなかったのだ。誰かの情を当てにして何になるのか。  そしてあの世へと旅立つ自分の事を誰も覚えていないのだから、別に何処へ行こうが構いやしないだろう。  普通ならそうなるのだが……。 「はい、今日から新しい使者の研修に入ったシオリさんです。」 「シオリといいます。生前は大して何もできないまま孤独死しましたが、ここでイチから人生をやり直したいと思います。先輩方、ご指導のほどよろしくお願いします。」  一人の見違えるほど綺麗になった女性……ライゴウが駅前で話していたシオリがライゴウの職場に迎え入れられていた。  後に、ライゴウは上司に事情説明を求められた際、「しみったれた厭世家気取りがすごく気に食わなかったのでイチから人生をやり直させる形で業の清算させようと思った。」  と、凄くイイ顔で反省書を提出すると共に宣ったそうな。
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