1人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
お祭りの屋台を楽しみにしていた気持ちは、もう消えている。僕は賑わっている屋台の中から、なるべく赤い食べ物を探した。
目にとまったのは、イチゴシロップのかき氷だった。鮮やかな赤い色のシロップなら、死に水を混ぜるのにちょうどいい。
僕はポケットから100円玉を3枚取り出して、かき氷を買った。
「ボク、練乳はいらないの?」
「いらない。真っ赤なのがいい」
「はい、お待ちどう」
手渡されたかき氷は、まるで僕がもらった死に水のように、綺麗な赤色をしていた。
僕は一度屋台の陰に隠れて、かき氷に死に水をかけた。
赤いシロップに赤い死に水はよく馴染んで、どれだけ見つめてもどこにかけたかわからないくらいだった。
この氷が解けるまでに、金森を探す。
僕はあいつらがいそうなところを探して歩き回った。
夜といえども気温は高く、汗が額を流れていった。
探しまわった末に、金森を見つけた。取り巻きたちと共に、射的に夢中になっている。
僕は彼らに気づかない振りをして、かき氷を片手に屋台の景品を眺めた。
そのうち、彼らの中のひとりが、あっ、と声を上げた。
「チビ太じゃないか。こんなところに来てるのかよ」
「おまえ、ひとりか?」
金森が意地の悪い笑みを浮かべる。
「うん、ひとりだよ」
僕は嘘をついた。本当はお父さんと一緒に来ていて、神楽が終わる頃に鳥居の前で待ち合わせをしている。
「いいもの持ってるじゃねえか。くれよ」
金森はそう言うと、僕の手から乱暴にかき氷をむしり取った。
そして、警戒もせずにストローのスプーンを口に運ぶ。
金森の額もうっすらと汗ばんでいた。この暑い中、夢中で遊び回れば疲れるだろう。そして、渇いた喉に、冷たいかき氷はよく染みる。
僕はかき氷を食べる金森の口元をじっと見つめていた。
「何、こっち見てんだよ。早くどっか行けよ」
ただでかき氷を手に入れた金森は機嫌がよく、僕に殴りかかってくるつもりはないようだ。
意識せずとも、口元に笑みが浮かんでくる。
ひとりで笑い出した僕を見た金森は、ぎょっとした様子で僕を睨んだ。
「お前、気持ち悪いぞ」
「ふふっ」
僕は何も言わずにきびすを返し、祭りの人混みの中に戻っていった。
しばらく彷徨っていると、本殿の辺りから人々の悲鳴が聞こえてきた。
近づいてみると、騒ぎが起きて人だかりができている。
「救急車を呼んでくれ! 子どもが転んで頭を打ったんだ!」
誰が頭を打ったのか、確かめるまでもなかった。
本殿の神楽はいつの間にか終わっており、笛や太鼓の音もやんでいる。
祭りは終わりだ。僕は静かにその場を立ち去った。
去りぎわに振り返ってみると、死に水をくれた店主の背中が、人だかりの中に紛れ込んでいくところだった。
鳥居の前では、お父さんがじれったそうに僕を待っていた。
「蛍太!」
僕を見て、駆け寄ってくる。
「本殿の前で子どもが亡くなる事故があっただろう。あれを見て、父さんはすごく心配になったんだ。転んだのが蛍太じゃなくてよかったよ」
「亡くなったの?」
僕が聞き返すと、お父さんは気まずそうに目をそらした。
「……助かりそうには見えなかったな。あの子は蛍太の知り合いだろうか?」
「うん、そうかもしれない」
僕はにやけてしまう口元を隠すために、深くうつむいた。
「帰ろう。蛍太が無事でよかったよ」
最初のコメントを投稿しよう!