死に水の屋台

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 お祭りの屋台を楽しみにしていた気持ちは、もう消えている。僕は賑わっている屋台の中から、なるべく赤い食べ物を探した。  目にとまったのは、イチゴシロップのかき氷だった。鮮やかな赤い色のシロップなら、死に水を混ぜるのにちょうどいい。  僕はポケットから100円玉を3枚取り出して、かき氷を買った。 「ボク、練乳はいらないの?」 「いらない。真っ赤なのがいい」 「はい、お待ちどう」  手渡されたかき氷は、まるで僕がもらった死に水のように、綺麗な赤色をしていた。  僕は一度屋台の陰に隠れて、かき氷に死に水をかけた。  赤いシロップに赤い死に水はよく馴染んで、どれだけ見つめてもどこにかけたかわからないくらいだった。  この氷が解けるまでに、金森を探す。  僕はあいつらがいそうなところを探して歩き回った。  夜といえども気温は高く、汗が額を流れていった。  探しまわった末に、金森を見つけた。取り巻きたちと共に、射的に夢中になっている。  僕は彼らに気づかない振りをして、かき氷を片手に屋台の景品を眺めた。  そのうち、彼らの中のひとりが、あっ、と声を上げた。 「チビ太じゃないか。こんなところに来てるのかよ」 「おまえ、ひとりか?」  金森が意地の悪い笑みを浮かべる。 「うん、ひとりだよ」  僕は嘘をついた。本当はお父さんと一緒に来ていて、神楽が終わる頃に鳥居の前で待ち合わせをしている。 「いいもの持ってるじゃねえか。くれよ」  金森はそう言うと、僕の手から乱暴にかき氷をむしり取った。  そして、警戒もせずにストローのスプーンを口に運ぶ。  金森の額もうっすらと汗ばんでいた。この暑い中、夢中で遊び回れば疲れるだろう。そして、渇いた喉に、冷たいかき氷はよく染みる。  僕はかき氷を食べる金森の口元をじっと見つめていた。 「何、こっち見てんだよ。早くどっか行けよ」  ただでかき氷を手に入れた金森は機嫌がよく、僕に殴りかかってくるつもりはないようだ。  意識せずとも、口元に笑みが浮かんでくる。  ひとりで笑い出した僕を見た金森は、ぎょっとした様子で僕を睨んだ。 「お前、気持ち悪いぞ」 「ふふっ」  僕は何も言わずにきびすを返し、祭りの人混みの中に戻っていった。  しばらく彷徨っていると、本殿の辺りから人々の悲鳴が聞こえてきた。  近づいてみると、騒ぎが起きて人だかりができている。 「救急車を呼んでくれ! 子どもが転んで頭を打ったんだ!」  誰が頭を打ったのか、確かめるまでもなかった。  本殿の神楽はいつの間にか終わっており、笛や太鼓の音もやんでいる。  祭りは終わりだ。僕は静かにその場を立ち去った。  去りぎわに振り返ってみると、死に水をくれた店主の背中が、人だかりの中に紛れ込んでいくところだった。  鳥居の前では、お父さんがじれったそうに僕を待っていた。 「蛍太(けいた)!」  僕を見て、駆け寄ってくる。 「本殿の前で子どもが亡くなる事故があっただろう。あれを見て、父さんはすごく心配になったんだ。転んだのが蛍太じゃなくてよかったよ」 「亡くなったの?」  僕が聞き返すと、お父さんは気まずそうに目をそらした。 「……助かりそうには見えなかったな。あの子は蛍太の知り合いだろうか?」 「うん、そうかもしれない」  僕はにやけてしまう口元を隠すために、深くうつむいた。 「帰ろう。蛍太が無事でよかったよ」
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