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待ち合わせの駅に到着すると、真っ赤な花の浴衣を着た加奈が既に待っていた。
一年前に同じ場所で会った時から、あまり変わっていない彼女の様子に安心する。
「なんか一年も経ったのにあんまり変わってないな。」
「えー。ちょっと髪の毛伸びたんだよー。髪縛ってるから分からないかもしれないけど!」
妹の加奈と夏祭りに行くのは何回目だろう。気が付いたら、彼女はもう十五歳だった。そろそろ恋人とお祭りに行ってもおかしくない年齢じゃないか。それでも、兄である俺の誘いに嫌な顔をせず来てくれるなんて可愛い妹だ。
友達が少なかった俺は小学生だった頃から、毎年二日間開催される夏祭りのうち一日は妹と一緒に行っていた。
同級生にからかわれるのが嫌だったのだが、忙しい家族に代わって妹のわがままを叶える役目を押し付けられたのが始まりだ。
今は周りの目を気にすることがなくなって、俺から積極的に誘うようになった。
「本当は今年も行こうか迷ったんだよ。でも誘ってくれたってことは、私の事嫌いになっていないってことだよね?」
「当たり前だ。会えるのが嬉しいから呼んでるんだよ。」
「そっか。変なこと聞いてごめんね!呼んでくれて嬉しいよ。」
屋台が集合した広場を周りながら喋っていると、歩いているだけだというのにあっという間に時間が過ぎていく。
「ねえ、りんご飴食べたい」
「食べ物は絶対ダメだ。兄ちゃんとの約束だろ?」
「思ったこと言っただけだよお。約束は守るもん。」
頬を膨らまして怒る表情はわざとやっているのだろうか。初めて一緒に行った夏祭りの頃の子供っぽさが、今もまだ残っていることに嬉しくなる。
あの頃から彼女は、りんご飴が好きだ。
二人で行った初めての夏祭り。当時七歳だった加奈は、年齢の数だけの百円玉を握りしめて、慎重に、慎重に屋台を見回していた。
「脚が痛い」「欲しい物がありすぎる」なんて文句を言いながら三周くらい会場を回って、やっと選んだのがりんご飴だった。
ねえ。あの飴、キラキラ光ってるよ。すごく綺麗。
その声は、今でも鮮明に覚えている。
射的やヨーヨーすくいなどのゲームを一通り楽しんだ加奈は、りんご飴を買えないことに関しては不満そうだった。
「不貞腐れててもこれは買ってやれないぞ。」
「分かってますー。いいもん我慢出来るもん。」
「向こうに戻った時に沢山食え。どうせあっちでも祭り行くんだろ。」
「残念。今年は受験生だから行かないよー。偉いでしょ。」
そうか、もう受験生か。昔はあんなに小さかった加奈が、もう俺の年齢に追いつこうとしている。
十六歳だった、四年前の俺に。
俺は四年前、夏祭りの帰りに死んだ。
家までの帰り道で、青信号の横断歩道に突っ込んできた車に轢かれて。
相変わらず、加奈と一緒だった。隣の轢かれそうな場所にちょうどいた、まだ小学生だった彼女を突き飛ばして守った俺は、逃げる間もなかった。
それからの生前の記憶はもうない。気が付いたらもうそこは死後の世界、霊界だった。
霊界は意外にも暖かい場所だ。
お盆で一時的に現世へ帰った霊たちが、もてなしてくれた現世の人々をこちら側にも招待できないだろうかと始めたのが、今俺と加奈が来ている「霊界納涼祭り」だった。霊界なのに納涼とは訳が分からないが。
この夏祭りは現世のお盆が明けた頃、一年に一度だけ開催された。霊界にいる死者は、生前大切にしていた人を一人だけ招待することができる。配偶者、子供、恋人、そして兄弟。この祭りでは様々な二人組が姿を見せる。
招待された人間は、こちらの世界の食べ物を食べてはいけない。あの世の食べ物を食べると、現世に戻れなくなってしまうからだ。
「ねえ、やっぱりりんご飴欲しい。お兄ちゃんが食べるのはいいんでしょ?私は見るだけでいいから買おうよ。」
「そんなことするなら屋台を眺めてればいいだろ」
「分かってないなあ。宝石みたいな飴が花火の光を反射するのが一番綺麗なんだよ。あの屋台、影にあるから花火の光届かないよ。」
「それ、七歳の時も同じこと言ってたぞ。『見て、飴が光ってる!』って。」
「あはは、よくそんな昔のこと覚えてるね。私でも忘れちゃってるのに。」
「俺の記憶は四年前で止まってるからな。」
一瞬だけ、気まずい空気が流れる。ごめん、という言葉が喉を通りかけたところで、加奈は悲しそうに「なんで謝るの」と笑った。
罪悪感をずっと抱えているのだろうか。俺が死んだのに生きてしまっているから。俺の未来を奪ってしまったから。
正直加奈に対しての恨みなんてひとつもない。大事な妹を守れたんだから、俺は全く後悔していないのに。
その感情を伝えるべきなのに、上手く言葉が出てこなかった。
気まずい空気のまま別れの時間の目の前まで来てしまった。
現世へと繋がる門は混み合っていて、長蛇の列になっていた。招待された人々は日付を超えるまでには現世に帰らなければならない。
加奈と別れるまであと数分だ。とりあえず沈黙を破りたくて、無難な話をしてみる。
「来年もお前を招待するつもりだから、来てくれよ。」
「えー。嬉しいけど、パパとママにも会ってあげなよ。」
「まあ親にも会いたいよ。でも毎年お前を誘うのには理由があるんだぞ?」
「なに?彼女が出来ないから?」
「うるさいなあ。幽霊に彼女なんていらねえよ。」
「じゃあ何よ。もうそろそろ順番来ちゃうよ?」
現世へと帰る人々の列が短くなり、門がすぐそこまで見える場所まで来ていた。
言えることは全て言っておきたい。また来年も楽しく笑っていたいから。
「事故で自分の代わりに俺が死んで、ずっと自分を責めてきたんだろ?俺はそんな風に思わないで欲しい。」
、もうすぐ順番が回ってくる。列の最前はすぐそこまで来ている。
「来年はりんご飴買おうな。食べるのはダメだけど。四年前の夜なんてなかったことにしよう。俺はただ、お前にあの夏の夜を楽しい思い出に塗り替えて欲しいだけなんだ。」
加奈はポカンと口を開ける。しかし次第に言葉の意味を理解し、泣きそうな目をしながら笑った。
「俺はさ、死んだことなんて悲しくない。お前がお前自身を責めていることだけが悲しいんだ。」
門は目の前だ。もう話す時間なんてない。
門をくぐる直前で加奈は叫ぶ。
「お兄ちゃんからその言葉をずっと聞きたかった。私、お兄ちゃんの分まで、最後まで絶対生きるよ!」
行ってしまった寂しさと同時に、今年はやっと言いたいことを伝えられた安心感があった。
花火がまだ続いている。このままでも充分綺麗だが、りんご飴があればもっと綺麗に感じるのかもしれない。
また来年は約束通り、りんご飴を買ってやろう。そして、花火の下で光る飴を二人で眺めよう。
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