パーマネント・ムーン

2/3
前へ
/3ページ
次へ
 最初に父の存在に気が付いたのは、小学校に上がったばかりの時だ。十六夜は夏祭りの縁日ではぐれて迷子になってしまった。屋台の並ぶ縁日の道を泣きながら母を探しているうちに大きな国道に出てしまった。トラックや車が猛スピードで走る脇の歩道を怖くて駆け足で歩いていると、きちんとした格好のおじさんがそっとやってきて手をつないでくれた。 「ここは危ないから、お母さんのところに戻ろうね」  白いワイシャツに黄色い腕章をつけて、野球選手みたいに黄色い帽子をかぶっている。お月様みたいな丸い帽子だった。その帽子からパーマにしたもじゃもじゃの髪がはみ出ている。横断歩道のおじさんだと思った。十六夜はおじさんの格好がおかしくてくすくす笑った。おじさんはウィンクして十六夜の手を握り、縁日の参道に戻ったところで姿を消した。向こうから母が「いたあ」と叫んで走ってきた。  次に現れたのは10歳の時。通っていたスイミングスクールで、十六夜はその頃一部の女子グループからいじめられていた。辛くて本当にスクールを辞めようと思った。母に言えば何とかしてくれるかもしれない。でもあのしっかり者で明るい母が悲しむのが嫌で黙っていた。  助けてくれたのは同じ学校の弦太君だった。学校ではいつもおちゃらけたクラスの人気者。大きな声で、 「やめろよかわいそうだろ」  と守ってくれた。そうしたら彼に続いてみんなが味方になってくれた。  隣で彼はにこっと笑った。プールから一緒に帰る時気が付いた。彼はすごい天パだった。黒いTシャツに半月兜を被った戦闘ロボのイラスト。そのロボが「ALL LIGHT!」と叫んでいた。あ、今日は満月だ、と夜空を見上げた。弦太君ははしゃいで十六夜と一緒に帰ってくれた。  16歳の時、初めて彼氏ができた。高校の水泳部の先輩。毎日遅くまで練習して日の暮れたケヤキ並木を一緒に歩いて帰った。幸せな時間だった。並木道が永遠に続けばいいのに、とわざとゆっくり歩いた。ふと気が付くと、並木道を並行して歩いている影がある。十六夜たちから少し離れたところで、地図帳を目の前にかざしながら前屈みで男の人が歩いている。ちらちらこちらを伺うメガネのうしろにもじゃもじゃのパーマヘアがあって、十六夜は吹き出すところだった。お父さんだ、あれ。  多分あの時は、単に十六夜の彼氏を見に来ただけなのだと、後で大笑いした。あのおどおどと気づかれないように付いてくる様子は滑稽だった。  待てよ、とその時にふと思った。  父は空色のポロシャツに黄色いボストンバッグをかけていた。さすが満月という名前だけに黄色いアイテムが大好きと見える。肩ベルトも黄色だ。重そうに底がぶら下がったバッグは、丁度上を向いた三日月みたいで。三日月……?  何度も思い返してみて、十六夜の中では確信になった。今まで気が付かなかったけれど、あの縁日の夜に会ったおじさんは、黄色くて丸いキャップを被っていた。鍔が丁度月の欠けた部分になっていた。小学校の弦太君は戦闘ロボのTシャツを着ていた。戦闘ロボは半月型の兜を被っていた。そして地図帳を掲げた父は三日月のようなボストンバッグを…。  父は欠けつつあった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加