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思い出したら今でも耳のそばに聞こえそうな詞の声。鼓動が速くなるのを胸に感じながら、ページをめくった。
真夏なのに足元一面、深く雪の積もったインスブルックのチロルの山。チェコを縦断する車窓から見て歓声を上げた金色の菜の花畑。次第に濃くなる青のグラデーションを作りながら、左右どこまでも海が広がる初冬のニューブライトン。ケム川のボートを見下ろして並ぶのは煉瓦造りの歴史あるカレッジだ。同じ旅行で足を伸ばした巡礼の大聖堂と中世の街並みや、小路と坂が入り組む石畳は、詞が大好きなイングランドにスコットランド。
実物ではなくて写真であっても、それらはどれも目で見た時の言葉にならない思いを掻き立てる。
それくらい美しくて、引き込まれて、目が離せなくなる。
「だから私達はさ、生きてる限り、世界中の綺麗なものとか素敵なものとかを、世界中の人に届けるの」
晴れ間の出た空から七色の帯が草原に降りる様に何回もシャッターを切りながら、詞は歌うみたいに言った。
詞が倒れて、初めて分かった。
あれは、詞が自分に起こることに対して言っていたんだ。
——詞。
海の際を染め上げながら沈む最西端の夕日が、視界の中でぼやける。
——詞、ごめんね。
深呼吸をしようと思ったら、喉が詰まって、唇を噛む。
——スタジオで立ち止まってて、動けなくて。
細い息と一緒に嗚咽が漏れて、ぱた、と音を立てた水玉が、朱い日輪をひと回り大きくした。ページの端にかける指がうまく動かず、アルバムが小刻みに揺れる。
すると、中途半端に開いた台紙の隙間から、何かがするりと滑り出た。
床に落ちたのは、去年の夏のルツェルンの写真。虹が出た前の日に撮った黄昏の湖上。
紅の中に影になって浮かぶ橋の上に、色とりどりのパステル・カラーでポップな書体のアルファベットが並んでいる。それらをつなげると、言葉になった。
『HAPPY BIRTHDAY AOI !』
いつ、こんなもの。
「詞……ふっ……う……ふぇっ……」
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