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Stay
カシャッ
「はい、真船さん、楽にしていいですよ」
カメラの画面の中にいる男性が肩の力を抜き、ふぅと天井を仰いだ。私は三脚のパンハンドルを回してカメラをやや上向きにする。
「それじゃ、次は立ってもらって上半身いきます。さっきのレフ板、もう少し平たくして持ってみてください」
「こうかい?」
「んー、もうちょっと右に……ストップ、そこで」
レフ板に反射した照明の光が真船さんの茶褐色の頬の色を明るく変える。ファインダーの中を覗き込み、レンズの焦点を合わせる。
「じゃ、私の背より上の方見てくださいね。んー、硬いかたーいっ。それじゃ、奥さんにおっこられちゃーう」
カシャッ
真船さんの頬が緩んだところを捕らえる。シャッターの音に「おっと」と呟いて、真船さんの眉がピクリと上がった。私はファインダーから目を離さず続ける。
「あっ、いい顔でしたのにー。ほらもう一回、おっとこまえー」
「そんな、うまいこといって葵ちゃ……」
カシャッ
また自然な笑顔。すかさずシャッターボタンを押す。
カシャッ、カシャッ……
シャッター音が鳴るごとに、真船さんの表情が柔らかくなっていく。私自身が知っている真船さんの一番良い顔よりももっと良いものが出るまで、私はキレの良い涼やかな音で室内を満たした。
* * *
「それじゃ、先ほど選んでいただいたのを、それぞれカラーとモノクロ一枚ずつですね」
「ああ、ありがとう。助かったよ。悪いね、このコロナ騒ぎで演奏会開催が本当にできるか危うかったから。チラシもギリギリでね」
「お役に立てて嬉しいです。ちょっとお待ちくださいね、請求書ファイル作っちゃいますから」
私がデスクのパソコンを開くと、真船さんは手を後ろに軽く組んで、なんとはなしに壁の写真を眺め始めた。革靴がコツ、コツ、と床を打つのとキーボードを叩く音が、物の少ないスタジオの空間によく響く。
「おや、これは……」
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