甘い誘惑

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ごろんと体を倒してテレビを見ながら腰を掻くその小さな背中を、本気で蹴り上げたくなる。 …だからって、出来る訳もなくて。 こんなダメ親父でも、 この人が居なかったら私は当に死んでる。 何だかんだお金を貯めてくれていたお陰でここまで食い繋ぐ事が出来たし、中学も無事に卒業出来そう。なけなしの貯金もパチンコと競馬に半分消えたけど、それでもだ。 くたびれた背中が、苦労を物語ってる。 チッと唾を吐きたくなる気持ちを抑えて、 「今日、進路面談だから昼は勝手に食べてて。親父は来れないって言っとくから」 「そうしとけ。俺なんかが言ったらお前の恥だぞ」 お母さんが死んだ時も、 信頼していた部下に会社の金を使われていた時も、 借金取りが会社から思い出の品を全部踏んだくって行った時も、親父は笑ってた。 「困ったなぁ、ハルヒ。これからどうするか?」って眉を垂らして笑って、後ろ髪をポリポリと掻く。 それが私が見てきた、強い親父の背中。 今の親父だって決して弱くなった訳じゃ無い。ただこうならざる終えない位辛い人生だったんだと思うと、どうしようもない気持ちになる。 子供(わたし)が居なかったら、この人にとってもう少し違った人生だっただろうな。 床に転がる鞄を指に掛けて、冷たい風が扉の隙間から入り込むボロアパートを出た。
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