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『 ぜんぶ 忘れて 』
あの日、彼女の耳に囁いた。
死を覚悟した……俺の最後の願い。
病室のソファに並んで腰掛け、鉛のように重い体を彼女の肩に委ねて、俺は細く浅い息をしていた。
いつ、声を出せなくなるかわからない。
気を緩めればすぐ現実の世界を遠のいてしまう。
カレンダーは宣告されたラストの月に捲られたはずだ。
すぐそこに、手の届く距離に……死の世界がある。
ぴったりとくっついている彼女も、それはわかっているだろう。
そのうえで限られた時間を心地良く、寂しさの欠片も感じさせないように、俺のそばに寄り添ってくれている。
そんな情の深い彼女に、ちゃんと伝えておかなければいけない。
男らしく、なんてカッコつかなくて…
どうか届いてくれっ―――と絞り出した弱々しい声。
「…うん」
震え混じりの掠れた返事。
全てを受け入れてくれるその優しい声に俺は安堵する。
「ありがと」
心からの感謝を彼女に。
今ある限り精一杯の声量で伝えて。
引き攣る瞼を少しだけ上げ…
彼女の手を瞳に写し撮ると、その愛しい小指に自分の小指をそっと絡ませた。
――― 約束な ―――
愛の言葉は口にできない。
それを俺が声に出してしまったら…
彼女がこれからも歩む人生の足枷になる。
だから替わりに…
ぜんぶ俺のことは忘れて、
どうか幸せになって欲しい。
そう、祈りをこめた指切りだった。
婚約者がいた彼女。
余命短い俺との再会が彼女の未来の幸せを、、、壊してしまった。
それでもなお…
俺の手を強く温かい両手で包んでくれる。
そして片時も離れようとせず、俺の命を守ってくれている。
俺は?
俺は死んでも彼女を守ってやれるのかな?
死んだら、俺の魂は何処へ―――?
何時何時も強く願って、生きてるうちに誓いをたてれば、肉体は滅びても意志は何処かへ継がれるのか??
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