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僕は、天才じゃない。
天川才夢
これが僕の名前だ。いかにも才能がありそうな名前をしているが、僕は天才じゃない。
僕がまだ小さかった頃、母親が赤ちゃんモデルのオーディションに申し込み、赤ちゃん用品の雑誌に小さく載った事がある。ただ、そこから子役になるわけでもなく、僕は気付けば小学生になっていた。
小学二年生になった頃、たまたま読んだ漫画にハマった。朝読書の時間に読んでいたのを当時の担任の先生に怒られて「そんなに漫画が好きなら漫画家にでもなれ」そう言われ、ニ年間ぐらい毎日絵を描き続けていた。
五年生になり、友人に言われた「お前って画伯だよな」が褒め言葉ではないと知ったその日に、僕は漫画家を目指すのを辞めた。
僕は中学生になった。サッカーをやればモテると父に言われた僕はサッカーを始めた。サッカーの才能はそこそこあったらしく、学校の中では二番目に上手かった。推薦の話でも来たら、高校でもサッカーをやろうと思っていたが、所詮小さな中学校の二番手。声がかかることなんてなく、普通の高校に進んだ。
高校では、仲良くなった奴に「バンドやろうぜ」と言われ、軽音部に所属した。僕はギターだった。本気でプロ目指したいと誰かに言われたら、そんな道も面白そうだと思った。だが、僕の通う高校にそんな意識の高い人はおらず、ただの趣味で終わった。
高校三年生になったある日の帰り道。「そこの君!勉強は好きかい?本気で勉強すれば誰でも有名大学に入れるんだ!」一人の知らない塾講師にそう言われ、チラシを渡された。その言葉を信じ、家の近くの塾に入り本気で勉強してみたが、下克上を目指す先生に出会うわけでも、良い刺激を与えてくれる人がいるわけでもなく、結局は高校の卒業生の中で上の下ぐらいのレベルの大学に進んだ。そこからは普通の大学生活を送り、バイトをして過ごした。可愛い彼女もいたし、ノリで所属したボランティアサークルでも副代表だった。でも、だからといってどうと言うことはなく、僕の大学生活は終わった。
就活が始まった。周りの人がしていたように一流企業にも挑戦してみたが、面接で特に気に入られることもなく、結局は中企業で営業をすることになった。そこから一応課長になったがそれ止まりだ。その後は会社で出会った女性と恋に落ち、結婚をし、子供にも恵まれた。
僕の人生はそこそこ充実していると思う。両親は優しいし、友達や家族にも恵まれている。学校やクラスが荒れていたということも、バイトやサークルで嫌な人に出会ったこともあまりない。
それでも、僕は自分の人生に満足出来なかった。
僕はきっと天才になりたかったんだと思う。
人に認められて、君は凄いね。と言われるそんな天才に。高望みだということはわかっている。でも、自分にも何かしら特別な才能があると信じていたし、他人にそう言われるのを心のどこかで期待して、待っていたんだと思う。
でも、三十歳を迎えてようやく僕は自分が凡人だということを理解した。それと同時に、僕の人生は他人の影響で出来ていることに気づいた。誰かに言われたから、誰かに誘われたから。そんな理由をつけて、天才ではなかった時の逃げ道を作っていたんだ。僕は自分で選んで、努力をする事を恐れていた。それなのに、満足する人生を送りたい?我ながらなんて弱い考えなのだと呆れた。
そのことに気づいてから、僕は自分が本当にやりたいことを探し始めた。今までやってこなかった事にも挑戦した。
その中で一番心が動かされたのが小説だった。たまたま手に取った、大きな賞を受賞した作品。その本を読んだときに、僕は小説家を目指そうと思った。仕事をしながら執筆をし、五年の間に短編も合わせて十作品を書き、色々な出版社の文学賞やコンクールに応募した。
そして、執筆活動を開始して六年目を迎えた頃。小さな賞を受賞し、文庫本として出版される事が決まった。家族も喜んでくれ、純粋に嬉しかった。受賞した作品は「世に見つかっていなかった天才が夢に向かって歩み出す」という王道ストーリーのものだった。三作品ほど努力家の人生を書いたものもあったが、結局賞を受賞したのは天才を描いた物語だけだった。
世の中は結局、天才を求めている。
凡人の僕が書いたこの小説も、きっと大した話題にはならずに消えていくんだと思う。
それでも、出版の前日となった今日。
僕は人生の中で最も良い気分で外に出る。
僕は、天才じゃない。
でも、今の僕は世界中のどの天才よりも、すがすがしい気分でこの青空を見上げている気がした。
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