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「今、開いてお見せします。危ないので、お下がりやす」
そう言って、詩枝は微笑みながら、傘をゆっくりと開いた。
わあ、とらんぷは感嘆の声を上げる。
その和傘は、閉じていると幾分暗い色味に見えたのに、開くと鮮やかな紫色の花のように華やかだった。
この色味でこの形。これはまるで──。
「これはまた、えらい、ええもんやねえ」
久志朗もまた、感嘆している風に呟いた。そして突然真面目な顔をして、詩枝に向き直る。
「……えらい、ずうずうしいお願いや分かってますねやけど、もしよかったら、この傘しばらく貸していたただけくことって出来ますやろか」
「え?」
驚きに目を丸くする詩枝。しかしその瞳の奥に喜色が混じっていたところを、久志朗は見逃さない。彼はまたにっこりと笑った。
「も、もちろんお貸しします。なんやったら、貰ってくださいな」
詩枝は頬を紅潮させて、閉じた傘を久志朗へ手渡した。
「そしたら、また今度お礼に伺います」
「……はい、またぜひ」
満足そうに頷いて、久志朗は「ほな、いこか」とらんぷを即す。傘、差して見ちゃ駄目?と問いかけると、久志朗に「あとでな」と言われたので、大人しく見つめるだけに留めた。
曲がり角まで詩枝に見送られた後、2人は帰路につく。
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