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「雨宿りて……普通、あやかしは人家に入れへんはずやけど。らんぷちゃんの屋敷には入ってきてたん?」
「うん。そのからかさ小僧さんは、明治の時代から生きている子で、雨を遮る部分に穴がたくさん開いてちゃって雨を凌げないから、よく雨宿りに来てたよ。お礼にいつも綺麗なビー玉とか、おはじきとかくれたんだ」
優しい人だった。と笑うらんぷに、久志朗は唖然とした。次に何と言えばいいのか分からなくなった。
普通、あやかしの類は、人家に入ることが出来ない。
それは一重に、そこに暮す人がそれらを招き寄せることのないように、玄関や窓の外にヒイラギを植え、巫女の御手によって書かれた守護の札を鬼門や裏鬼門に掛けるからだ。これにより大抵のあやかしは人家へ入ることはない。いや、許されないと表現した方が正しかろう。
久志朗は静かに問う。
「何かせえへんかったん?ヒイラギとか、札とか」
「知らなかったの。らんぷも山吹も。東京では夜でもほとんどあやかしさんを見たことなかったからね。……でも結局、それを知る前に、困ったら助けてくれる優しいあやかしさん達と出会ったから。知った後もしなかったよ。それをしたら、拒絶したと思われちゃう。せっかくお友達になったのに、それは悲しいよ」
ヒイラギや札のようなものよりも、力自慢のあやかしに家を守ってもらうほうが、らんぷはずっと安心できたのである。それに、既に慣れてしまった方法を変えるのも面倒だった。
「らんぷちゃんは……10くらいから向こうへ移ってたんやろ?」
すごい、そんなことまで調べられるんだ。とは言わなかった。調べたくて調べたわけでもないのに、こんな言い方をされてはきっと不快だろう。らんぷは「そうだよ」とただ頷いた。
久志朗は、口を噤んでしまった。そんな彼の表情を眺めている内に、らんぷは彼が今何を思っているのかを察した。彼は、らんぷが幼い頃から相当の苦労を背負ってきたと思っているのだろう。だけどもそれは違うので、らんぷは否定する。
「自分のためだから、苦しいなんてことないよ」
いつものように幼く愛らしい笑みではない。感情を秘すようなその表情に、久志朗は息を呑んだ。
そしてらんぷは自分の言葉にほんの少し罪悪感を抱いた。人に悲しい表情をさせないためとはいえ、その言葉にはほんの少し嘘が混じっていた。いくら自分のためとはいえ、苦しい時は苦しい。怖い思いで一夜の間眠れなかった頃なんてざらにあるのだから。
だけれどらんぷはそれを自分から言いたいとは微塵も思わなかった。
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