夜顔

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夏の暑く鋭い陽光の中、被っていた麦わら帽子が風に吹き飛ばされそうになり、らんぷは慌ててかぶり直して、顎で結んだリボンを結び直した。 すると目の前を大きな蝶が通過して、久志朗の周りを旋回するように飛び始める。 「久志朗さん、虫が近寄っても平気そうだね」 花には虫が寄って来る。蝶々とか、蜂とか。葉にだって芋虫がくっついていたりする。久志朗は虫が苦手という割に、内庭を飛ぶ虫を見ても悲鳴をあげたりしない。常に冷静でいるように見える。 「……内心では動揺してるで」 「そうなんだ」 「逆にな、悲鳴をあげたり、逃げたりする方が何故かは知らんけど寄って来る気すんねん。あくまで気がするだけやけど」 神妙な面持ちの久志朗に、らんぷは「そういうもんか」と頷いた。 作業を続けながら、らんぷは1つ1つの花を丁寧に見ていく。夏の花々は色鮮やかで、広い空の元でみるとなお美しく見える。 特に、鉢植えに植えられた青、紫の朝顔が目を惹く。そっと花弁をなぞってみる。紫の朝顔はほんの少しだけそのかんばせを下げている。それがまるで夏の暑さにうんざりしている人のように見えて、面白い。 「──…ねえねえ、久志朗さん」 「何?」 「この朝顔、あの和傘に似てるね」 らんぷの言葉に、久志朗は顔をあげて、紫の朝顔を見つめた。 「そう言われてみれば、確かにそうやね」 「何か関係あるのかな」 夜美人と、詩枝の幼馴染だという和傘職人との間に何かあったと考えて。あの傘を朝顔に見立てて作ったのだとしたら。朝顔をばらまく理由もそこに何か関係があるのではないか。という意味での問いかけだった。 「……あるかもしれへんね。今のところどういう関係があるんかは分からへんけど。それでも理由は何かしらあるやろな。青い朝顔むしとってばら撒く理由と繋がる可能性も十分にある」 「なんで、青い朝顔だけむしり取ってるのかな」 「それも分からへん。最初は青い朝顔の花言葉が関係してるんかなて思てたけど」 「あやかしさんて花言葉知ってるの?」 「知ってる子もおる。あやかしの間でしばらく出回ってた花手帳なんかもあるし。せやけど本当のところ、花につけられた意味合いを感覚的に悟ってるんやて、知り合いの巫女さんは言ってはったな。物に意味合いをもたせるんは人やけど、人がそれと決めたら、あやかしの類はその意味合いを人間みたいに言葉で理解するんやなくて、感覚的に掴む。意味合いにはそれだけの力があるいうことやね」 「……そうなんだ。初めて知った」 「私があやかしについて知ってるんはこれくらいやけど。こんなことしか知らん」 久志朗は苦笑しながら、手元の朝顔をそっと撫でた。 「花に関わることだから?」 「そやね。そういうこと」
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